はじめに:植民地アメリカにおける自治への歩み
メイフラワー誓約(1620年)、バージニア・バージェス議会(1619年)、そしてコネチカット基本法(1639年)は、いずれもヨーロッパ本国からの直接的な統治を受けない状況の中で、入植者自身の手によって社会の秩序を築こうとした、植民地アメリカにおける「自治(セルフガバナンス)」の初期の試みです。これら3つの文書・制度は、後にアメリカ合衆国の民主主義へとつながる重要な礎となりました。
メイフラワー誓約(1620年)
メイフラワー誓約は、ピルグリム・ファーザーズ(清教徒移民)たちがプリマスに上陸する前に、メイフラワー号の船上で起草された文書です。
彼らは当初、イングランド政府の管轄外となる土地に到着したため、どの政府にも直接支配されない状態にありました。無政府状態(アナーキー)に陥ることを避け、何らかの秩序と権威を確立することこそが、この誓約の最大の目的でした。
主な特徴は以下の通りです。
・市民社会(civil society)の創設を目指した
・多数決による投票を通じた自治の仕組みを確立した
・社会契約論の思想に基づいている――すなわち、人々は個人の自由の一部を手放すことと引き換えに、組織化された社会で暮らす恩恵を得るという考え方である
バージニア・バージェス議会(1619年)
バージェス議会は、新世界(アメリカ大陸)における最初の代表制立法議会として、ロンドン・バージニア会社によって設立されました。
この議会は、バージニア各地のプランテーション(農園)から選出された22名の代表者で構成されていました。
主な特徴は以下の通りです。
・法律について討議し、提案する権限を持っていた
・ただし最終決定権はバージニア総督が握っていた
・権限は限定的だったものの、植民地にとって自治への大きな一歩となった
コネチカット基本法(1639年)
コネチカット基本法は、新世界で最初の成文憲法とされています。
この文書は、総督と二院からなる立法府(一般裁判所〈General Court〉と判事裁判所〈Court of Magistrates〉)を持つ代表制政府を確立しました。
主な特徴は以下の通りです。
・自由民(教会の構成員である成人男性)に、これらの公職者を選挙で選ぶ権限を与えた
・個人の権利を保障した
・宗教の自由と宗教的寛容の原則を明記した
まとめ
この3つの事例は、それぞれ異なる形ではあるものの、共通して「統治される側の人々が自ら政治に関与する」という原則を打ち出しています。メイフラワー誓約は社会契約による自治の出発点であり、バージェス議会は代表制民主主義の萌芽であり、コネチカット基本法は成文憲法による統治の先駆けでした。これらは、植民地アメリカ人が王や会社の支配だけに頼らず、自分たちの手で秩序ある社会を築こうとした努力の証といえるでしょう。