アメリカ独立宣言の正式な署名は、1776年8月2日にペンシルベニア植民地(当時)のフィラデルフィアで行われました。署名の舞台となったのは、現在「独立記念館(インディペンデンス・ホール)」として知られるペンシルベニア州議会議事堂です。
独立宣言そのものは、第二次大陸会議によって1776年7月4日に採択されました。しかし、この時点ではまだ正式な署名は行われておらず、羊皮紙への清書が完成した後の8月2日、ジョン・ハンコック議長を筆頭に代議員たちが順次署名していきました。なお、全員が同じ日に署名したわけではなく、後日追加で署名した者もいれば、賛成票を投じながら最終的に署名しなかった代議員も存在します。
なぜフィラデルフィアだったのか?
署名場所がフィラデルフィアになった最大の要因は、第二次大陸会議が同市で開催されていたことです。当時のフィラデルフィアは北米植民地で最大級の人口を誇る都市であり、13植民地の中でも比較的中央に位置していました。さらに、ボストンやチャールストンといった沿岸都市と比べて内陸にあるため、イギリス海軍の攻撃を受けにくいという戦略的な利点もありました。
加えて、フィラデルフィアは当時の北米における知的・文化の中心地の一つであり、ベンジャミン・フランクリンをはじめとする知識人たちが活躍していたことも、重要な会議の開催地としてふさわしいと考えられた背景にあります。
「ボルチモアで署名された」という説について
一部では「独立宣言はメリーランド州ボルチモアで署名された」という情報が流れていますが、これは誤りです。大陸会議が一時的にボルチモアへ移転したのは、1776年12月から翌1777年3月までの期間のみで、これはイギリス軍によるフィラデルフィア占領の脅威への対応でした。独立宣言の採択も署名も、すべてフィラデルフィアで行われています。
まとめ
独立宣言は1776年7月4日に採択され、同年8月2日にフィラデルフィアの独立記念館(当時のペンシルベニア州議会議事堂)で正式な署名が始まりました。フィラデルフィアが選ばれたのは、大陸会議の開催地であったことに加え、地理的な中心性や都市としての規模・重要性を兼ね備えていたためです。