結論から言うと、アメリカ独立戦争(1775年〜1783年)の時点で「オハイオ州出身者」は存在しませんでした。オハイオが州として連邦に加盟したのは1803年のことであり、独立戦争の終結から約20年後のことだからです。
独立戦争当時のオハイオ地方
ただし、「州」としてのオハイオが存在しなかったとはいえ、この地域自体は「オハイオ・カントリー(オハイオ地方)」として知られ、ショーニー族、デラウェア族(レナペ族)、マイアミ族、ワイアンドット族など、多くの先住民族が暮らす土地でした。彼らにとってこの地は長年にわたる狩猟場であり、生活の拠点でもありました。
この時代のオハイオ地方ゆかりの人物
厳密な意味での「オハイオ州出身者」はいませんが、この時期にオハイオ地方で生まれ、後に歴史に名を残した人物はいます。その代表格が、ショーニー族の偉大な指導者テカムセ(Tecumseh)です。彼は1768年頃、現在のオハイオ州にあたる地域で生まれたとされ、後に先住民族の連合を率いて白人入植者の拡大に抵抗しました。
州へ至るまでの道のり
独立戦争後の1787年、北西部条例(Northwest Ordinance)の制定により北西領土が設立され、オハイオ地方もその一部となりました。その後、東部からの入植者が急増し、人口が一定の基準に達したことを受けて、1803年3月1日にオハイオは合衆国17番目の州として正式に承認されました。
まとめ
独立戦争中に「オハイオ州出身者」はいなかった——これが答えです。しかし、当時のオハイオ地方は先住民族たちの故郷であると同時に、戦後の西部開拓の出発点としても機能し、アメリカ史全体の中で重要な役割を果たした地域でした。