署名の日付:1787年9月17日
アレクサンダー・ハミルトンは、1787年9月17日に米国憲法に署名しました。この日は、ペンシルベニア州フィラデルフィアで開催された憲法制定会議(制憲議会)の最終日にあたり、新国家の骨格となる文書が正式に完成した歴史的な一日です。
ニューヨーク州代表としての参加
ハミルトンは当時32歳の若さで、ニューヨーク州の代表として憲法制定会議に出席していました。興味深いことに、同じニューヨークから派遣された他の2人の代表ロバート・イェーツとジョン・ランスリングは会議の途中で退席したため、ハミルトンは同州唯一の署名者となりました。
懸念を抱きながらも署名した理由
実は、ハミルトンはこの憲法案に強い不満を抱いていました。彼は連邦政府の権限が弱すぎると考え、さらに強力な中央集権的な政府を理想としていたのです。それでも彼は「無政府状態と内乱との間で選択を迷うことが可能だろうか」という言葉とともに、不完全な憲法でも無政府状態よりはましであるという判断のもと、署名に踏み切りました。
署名後のさらなる貢献
署名後もハミルトンの働きは続きました。彼はジェームズ・マディソンやジョン・ジェイと共に「ザ・フェデラリスト」(連邦主義者論集)を執筆し、憲法批准に向けた世論の説得に尽力しました。全85篇のうち51篇をハミルトンが手がけており、憲法の理念を解説する上で欠かせない文献となっています。
まとめ
アレクサンダー・ハミルトンは1787年9月17日、個人的な懸念を抑えて米国憲法に署名しました。その後もフェデラリスト論集の執筆などを通じて合衆国の基衆国の基盤づくりに貢献し、建国の父の一人として歴史に名を刻んでいます。