「アメリカ人は連合規約に満足していた」は誤り
「多くのアメリカ人が連合規約(Articles of Confederation)に満足していた」という見解は、歴史的事実とは異なります。実際には、独立戦争後のアメリカ人の多くは、連合規約の下で機能不全に陥った中央政府に強い不満を抱いており、より強力な中央政府を求める声が高まっていました。
連合規約の主な弱点
1781年に発効した連合規約は、アメリカ合衆国最初の憲法でしたが、以下のような重大な欠陥を抱えていました。
- 連邦議会に課税権がなく、財政基盤が極めて脆弱だった
- 常備軍を維持できず、国防が不安定だった
- 州間の通商を統制する権限がなかった
- 法律を執行する行政機関や司法機関が存在しなかった
- 規約の改正には全州の同意が必要で、改革がほぼ不可能だった
不満が憲法制定へとつながった経緯
1786年から1787年にかけて発生したシェイズの反乱は、弱い中央政府では国内の秩序を維持できないことを痛烈に示す出来事となりました。この混乱を受けて、1787年にはフィラデルフィアで憲法制定会議が開催され、連合規約に代わる新たな統治の枠組みづくりが本格的に始まりました。
こうして誕生したのが1787年のアメリカ合衆国憲法です。同憲法は連邦政府に課税権・軍事力・通商規制権などを与えるとともに、三権分立による抑制と均衡の仕組みを導入することで、連合規約時代の問題点を克服しました。1788年には必要な9州の批准を得て発効し、現在に至るまでアメリカ国家の根幹を支え続けています。
まとめ
多くのアメリカ人は連合規約に満足していたどころか、その脆弱さに深く苦しんでいました。まさにその不満こそが、より強力な連邦政府を築くための合衆国憲法制定の原動力となったのです。