アラバマ州は、1950年代から60年代にかけてのアメリカ公民権運動において、歴史の転換点となった数々の出来事の舞台となりました。中でも特に重要なのが「モンゴメリー・バス・ボイコット」と「セルマからモンゴメリーへの行進」の2つです。
モンゴメリー・バス・ボイコット(1955年〜1956年)
モンゴメリー・バス・ボイコットは、アラバマ州モンゴメリー市の公共バスにおける人種隔離席に抗議して行われた、約1年間に及ぶ大規模な抵抗運動です。
1955年12月1日、アフリカ系アメリカ人女性のローザ・パークスが、白人男性に席を譲ることを拒否したとして逮捕されたことがきっかけとなり、ボイコットが始まりました。この運動は、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師とモンゴメリー改善協会(MIA)によって主導されました。
市民たちは徒歩や相乗りで移動するなどしてバスの利用を拒み続けました。その結果、最高裁判所は公共バスにおける人種隔離を違憲とする判決を下し、これを受けてボイコットは1956年12月20日に正式に終了しました。この運動は、キング牧師が公民権運動の指導者として全国的に知られる契機ともなりました。
セルマからモンゴメリーへの行進(1965年)
セルマからモンゴメリーへの行進は、1965年にアラバマ州セルマで行われた3回の一連の抗議行進です。この行進は南部キリスト教指導者会議(SCLC)によって組織され、南部のアフリカ系アメリカ人の投票権獲得を目指して実施されました。
行進の参加者は、地元の法執行機関や白人至上主義団体からの激しい暴力に直面しました。特に最初の行進では警察官による暴力的な弾圧が「血の日曜日」として全米に報じられ、世論を大きく動かすことになりました。
最終的な行進では、参加者がセルマから州都モンゴメリーまでの約87キロメートルを行軍し、その数は約25,000人に達しました。こうした運動の結果、1965年に投票権法(Voting Rights Act of 1965)が成立し、投票における差別的慣行が違法とされました。
まとめ
モンゴメリー・バス・ボイコットとセルマ行進は、いずれも非暴力的な直接行動によって社会変革を実現した歴史的な運動であり、アメリカにおける人種平等の実現へ向けた大きな一歩となりました。