ジョン・フォレストは、いわゆる「自由入植者(free settler)」ではありませんでした。
流刑囚の家系に生まれた男
フォレストは1847年、西オーストラリアで生まれました。しかし、彼の両親は自らの意志で新天地を目指した移民ではなく、流刑囚としてこの植民地へ移送されてきた人物でした。つまり、フォレスト自身は自由な選択によって始まった移住の歴史ではなく、イギリスから囚人を送り出していた流刑植民地の時代と深く結びついた家庭に生まれたのです。
出自を超えて歩んだ人生
興味深いのは、そのような出自を持ちながらも、フォレストが後にオーストラリア史上で重要な役割を果たす人物へと成長した点です。彼は著名な探検家として内陸部の探検を指揮して名声を得て、やがて西オーストラリア初の州首相(プレミア)に就任し、植民地の自治と発展に大きく貢献しました。
流刑囚の子として生まれながら、探検家・政治家として国の礎を築いたジョン・フォレストの人生は、当時のオーストラリア社会における階級や出身にとらわれない可能性を象徴する存在といえるでしょう。