自伝『フレデリック・ダグラス物語』の中で、ダグラスが北への逃亡を思い描くようになったきっかけとして、大きく分けて二つの出来事が挙げられます。
1. 主人エドワード・コーヴィによる残酷な扱い
ダグラスが初めて北へ逃げることを真剣に考えた直接的な契機となったのは、主人エドワード・コーヴィから受けた過酷な仕打ちでした。コーヴィは「奴隷を壊す者(スレイブ・ブレイカー)」として恐れられた人物で、肉体的な暴力だけでなく心理的な抑圧をも用いて、奴隷たちの精神を打ち砕くことを生業としていました。
コーヴィはダグラスを頻繁に殴打し、畑では長時間に及ぶ過酷な労働を強いました。このような日々を重ねる中で、ダグラスは「これ以上、奴隷として生き続けることはできない」と痛感するようになったのです。
2. 逃亡に成功した奴隷たちの物語との出会い
もう一つの重要なきっかけは、自由を求めて逃亡した奴隷たちの物語を読んだことでした。ダグラスは奴隷の身でありながら、巧みに読み書きを習得していました。そして、その識字能力を武器に、奴隷制廃止運動(アボリショニズム)について独学で学んでいきました。
自由を勝ち取った元奴隷たちの体験記や逸話に触れるうちに、ダグラスの心には「自分にも逃げ道があるかもしれない」という希望の光が灯ったのです。残酷な現実と、読書を通じて得た希望。この二つの要素が相まって、彼は北への逃亡という一大決心を固めることになりました。