砂漠の嵐作戦(デザートストーム)とは
「砂漠の嵐作戦(オペレーション・デザートストーム)」は、1990年8月2日から1991年2月28日にかけてペルシャ湾地域で行われた軍事紛争、いわゆる湾岸戦争を指します。この戦争は、イラクがクウェートに侵攻したことがきっかけで始まり、アメリカ合衆国を中心とする多国籍軍がクウェートの主権回復のために介入しました。
湾岸戦争の主な経過(年表)
- 1990年8月2日: イラク軍がクウェートに侵攻し、瞬く間に同国を制圧。国連安保理は同日、侵攻を非難し即時撤退を求める決議660を採択しました。
- 1990年8月6日: 国連安保理が決議661を採択し、イラクへの経済制裁が開始されます。
- 1990年11月29日: 国連安保理が決議678を採択。1991年1月15日までに撤退しない場合、「必要なあらゆる手段」の行使を容認しました。
- 1991年1月17日: 国連が定めた撤退期限が過ぎたことを受け、アメリカ率いる多国籍軍が「砂漠の嵐作戦」を発動。クウェート解放に向けた大規模な空爆を開始します。
- 1991年1月中旬〜2月中旬: 多国籍軍がイラクの軍事施設に対して激しい空爆を繰り返し、地域の制空権を確立しました。
- 1991年2月24日: 地上戦が開始。多国籍軍が大規模な攻勢を仕掛け、イラク軍をクウェートから追い出します。
- 1991年2月26日〜27日: サダム・フセイン政権がクウェートからの撤退を表明し、多国籍軍がクウェート市を解放。
- 1991年2月28日: ブッシュ米大統領が戦闘停止を宣言し、湾岸戦争が事実上終結しました。
- 1991年3月3日: イラクとの間で停戦合意(サフワン合意)が調印され、戦争が正式に幕を閉じます。
まとめ
「砂漠の嵐作戦の時期」とは、1990年8月2日のイラクによるクウェート侵攻から、1991年2月28日の湾岸戦争終結までの約7か月間を指します。この期間には、イラクの侵攻、国連による制裁と最後通牒、多国籍軍による空爆と地上戦、そして停戦に至るまでの一連の軍事的・外交的な動きが含まれています。