1776年7月以前、アメリカ軍の戦況は決して楽なものではなかった
結論から言えば、独立宣言が採択された1776年7月より前の時点で、アメリカ側にとって戦争は順調に進んでいたとは言えません。イギリス軍は経験と装備の面で大きく優位に立っており、新興の大陸軍は苦しい戦いを強いられていました。
バンカーヒルの戦い――勝利には大きな代償が伴った
1775年6月のバンカーヒルの戦いでは、イギリス軍が陣地を奪取し、戦術的には勝利を収めました。しかし、その代償は非常に大きく、イギリス軍は1,000人を超える死傷者を出しました。この戦いは、植民地民兵が正規軍に対して果敢に立ち向かえることを示す一方、アメリカ側にとっても弾薬と兵力の消耗が深刻であることを浮き彫りにしました。
ボストン包囲戦とカナダ遠征の失敗
ボストンをめぐる攻防は約1年間に及ぶ長期戦となりました。1776年3月、ワシントン率いる大陸軍はドーチェスター高地に砲台を構築し、ついにイギリス軍をボストンから撤退させることに成功します。これは初期の数少ない戦略的成功でした。しかしその一方で、アメリカ軍によるカナダ侵攻作戦は壊滅的な失敗に終わり、ケベック攻略を試みた部隊は厳寒の中で大きな損害を被り、撤退を余儀なくされました。
訓練も装備も不十分だった大陸軍
当時の大>当時の大陸軍は、訓練不足、武器・弾薬の欠乏、兵士の徴兵期間の満了といった問題を抱えており、組織的な戦力としては依然として脆弱でした。食料や衣類の補給も滞りがちで、脱走や病気が相次ぎ、兵士の士気は常に危機にさらされていました。
まとめ
ボストンからのイギリス軍撤退という明るい材料もあったものの、全体として見れば、1776年半ばまでの戦況はアメリカ側にとって厳しいものでした。敗北と撤退を重ねる中で、独立という目標を達成できるかどうか、まさに危機的な局面を迎えていたのです。