1754年〜1773年:ルイジアナをめぐる激動の時代
18世紀半ばの北米は、イギリスとフランスという二大国が覇権を争う激動の時代でした。ミシシッピ川流域に広がるルイジアナも、この大きな歴史の波に翻弄されることになります。ここでは、1754年から1773年までの約20年間に何が起こったのかを、年表形式でわかりやすく振り返ります。
年表で見るルイジアナの歴史
1754年
・フレンチ・インディアン戦争(北米における七年戦争)が勃発。
・イギリスがアカディアやニューファンドランドのフランス人入植地を占領。
・イギリス軍はオハイオ渓谷の要衝デュケーヌ砦も攻略しました。
1755年
・イギリスがアカディアのボーセジュール砦を占領。
・ノバスコシアのアカディア人約1万人がイギリスによって強制追放されました。「大騒乱(グラン・デランジャマン)」と呼ばれる悲劇的な出来事です。
1756年
・イギリスがフランスに宣戦布告し、フランスもこれに対抗して宣戦布告。戦火はヨーロッパにも拡大し、「七年戦争」として本格化します。
1758年
・イギリスがケープブレトン島の主要要塞ルイブールを攻略。
・オンタリオ湖畔のフォンテナック砦も陥落し、フランス側の防衛線は大きく後退しました。
1759年
・イギリスがフランス領カナダの心臓部であるケベック市を占領(アブラハム平原の戦い)。
1760年
・イギリスがモントリオールを占領し、カナダ征服がほぼ完了。
1763年
・パリ条約が締結され、フレンチ・インディアン戦争が正式に終結。フランスは北米の広大な領土を失いました。
・ミシシッピ川以東の領土はイギリスへ割譲され、イギリスは現在のアラバマ州・ミシシッピ州にあたる地域に西フロリダ植民地を設立。
・一方、ニューオーリンズを含むミシシッピ川以西のルイジアナは、フランスからスペインへ移管されることになります。
1768年
・実は1762年、フランスはすでにフォンテーヌブロー条約でルイジアナをスペインに秘密裏に譲渡していました。この譲渡が公になると、ニューオーリンズではスペイン支配に反対する住民の反乱が発生します。
1769年
・スペインがルイジアナの支配権を確立。派遣されたオライリー将軍が反乱を鎮圧し、スペインによる統治が本格的に始まりました。
1773年
・スペイン統治下で行政体制が整えられ、ニューオーリンズはルイジアナの首都としての地位を確立していきました。
まとめ
1754年から1773年の間に、ルイジアナはフランス領からイギリス・スペインの勢力圏へと大きく姿を変えました。北米大陸の覇権をかけた戦争、住民の強制移住、そして列強の駆け引き――この時代の出来事は、後のアメリカ合衆国の形成にも深く影響を与えています。