北米13植民地の時代、ニューヨーク、ペンシルベニア、ニュージャージー、デラウェアからなる中部植民地(Middle Colonies)は、豊かな土壌と穏やかな気候に恵まれた農業地帯でした。ここでは、中部植民地で実際に行われていた貿易の内容について詳しく見ていきましょう。
中部植民地の主な輸出品
中部植民地は肥沃な土地を活かした農業が盛んで、「パンの植民地(Breadbasket Colonies)」とも呼ばれていました。主な輸出品は以下の通りです。
- 小麦: 中部植民地最大の輸出作物で、ヨーロッパや西インド諸島へ大量に出荷されました。
- 小麦粉: フィラデルフィアなどの製粉所で加工され、重要な換金商品として取引されました。
- 家畜: 牛や豚などの生きた家畜やその肉も、有力な輸出品でした。
これらの品物は、フィラデルフィアやニューヨークといった大港湾都市から船で運ばれ、中部植民地の経済を支える柱となりました。
中部植民地への主な輸入品
一方、植民地で不足していた品物は、イギリス本国やカリブ海地域から輸入されていました。主な輸入品は次のとおりです。
- 工業製品: 布地、道具、武器など、植民地内では製造が難しい完成品の多くはイギリスからの輸入に頼っていました。
- 砂糖: カリブ海のプランテーションで生産された砂糖は、生活必需品として広く消費されました。
- 糖蜜: 砂糖精製の副産物である糖蜜は、ラム酒の原料として特に需要が高い商品でした。
貿易が中部植民地にもたらしたもの
このような輸出入のやり取りにより、中部植民地は13植民地の中でも最も経済的に多様性のある地域へと発展しました。農産物の輸出で得た富は商業や港町の成長を促し、後のアメリカ経済の基盤の一つとなったのです。