オセアニアの歴史

第二次世界大戦はなぜ起こったのか?開戦の背景と5つの要因を徹底解説

第二次世界大戦とは

第二次世界大戦(WWII または WW2 とも略される)は、1939年から1945年にかけて続いた世界的規模の紛争です。世界中のほとんどの国々――大国すべてを含む――が、連合国と枢軸国という二つの対立する軍事同盟に分かれて参戦しました。

第二次世界大戦は人類史上最も多くの犠牲者を出した紛争とされており、推計7,000万〜8,500万人が命を落としたとされます。これは当時の世界人口(約23億人)のおよそ3%に相当します。しかも死亡者の大多数は民間人であり、その中にはナチス・ドイツによって約600万人のユダヤ人が組織的に虐殺されたホロコーストの犠牲者も含まれています。

開戦までの経緯

第二次世界大戦の開始日は一般に、1939年9月1日にドイツがポーランドへ侵攻した日とされています。しかし、それ以前にも戦争へと向かう重要な転換点となる出来事が数多く発生していました。

  • 満州事変(1931年):日本が中国東北部(満州)を占領し、「満州国」を樹立した事件。国際社会との緊張を高めました。
  • 第二次エチオピア戦争(1935年〜):イタリアがエチオピアに侵攻した戦争で、国際連盟の無力さを露呈させました。
  • スペイン内戦(1936〜1939年):ファシズム勢力と共和派が対立した内戦で、ヨーロッパ全体の政治的緊張を一層激化させました。
  • アンシュルス(1938年):ナチス・ドイツによるオーストリア併合。

主要な参战国

戦争の主要な参戦国は、連合国側ではイギリス、ソビエト連邦、アメリカ、中国、フランス、枢軸国側ではドイツ、イタリア、日本でした。

戦争はドイツによるポーランド侵攻でヨーロッパにおいて始まりましたが、やがてアジア、アフリカ、太平洋地域など世界各地へと拡大し、文字通り地球規模の戦争となっていきました。

戦争の終結と世界への影響

1945年、連合国が枢軸国に勝利したことで第二次世界大戦は終結しました。この戦争はその後の世界に甚大かつ深遠な影響を与え、以下のような歴史的な転換をもたらしました。

  • 国際連合(UN)の設立:今後の戦争防止を目的とした新たな国際枠組みが誕生しました。
  • アジア・アフリカの脱植民地化:植民地支配からの独立運動が各地で加速しました。
  • 米ソ冷戦の始まり:アメリカとソビエト連邦による対立の時代が幕を開けました。

第二次世界大戦の勃発につながった5つの要因

ここからは、なぜ第二次世界大戦が起こったのか、その主な要因を順に見ていきましょう。

1. ヴェルサイユ条約

第一次世界大戦後に締結されたヴェルサイユ条約は、ドイツに対して極めて厳しい条件を課すものでした。莫大な賠償金の支払いや領土の削減などにより、ドイツ国民は強い屈辱感と怨恨を抱くことになり、これがアドルフ・ヒトラーとナチ党の台頭への道を開くこととなりました。

2. ファシズムの台頭

ファシズムとは、国家や民族を至上のものとして賛美する政治思想であり、権威主義的な統治や抑圧を伴うことが特徴です。1930年代のヨーロッパではファシズムが急速に勢力を拡大し、特にドイツ、イタリア、スペインで顕著に強まりました。

3. 国際連盟の失敗

国際連盟は、第一次世界大戦後に将来の戦争を防ぐ目的で設立された国際機関でした。しかし実際には、侵略行為を抑止する実効性を持たず、ファシズム勢力の拡大を阻止できず、第二次世界大戦の勃発を防ぐことができませんでした。

4. ミュンヘン会談(ミュンヘン協定)

ミュンヘン会談は、1938年にドイツ、イタリア、フランス、イギリスの間で交わされた協定で、ドイツによるチェコスロバキアのズデーテン地方併合を認めるものでした。この妥協はヒトラーにとって大きな勝利となり、彼をさらに大胆かつ侵略的な領土拡張へと駆り立てる結果になりました。

5. 開戦 ― ドイツによるポーランド侵攻

そして1939年9月1日、ドイツがポーランドへ侵攻したことで第二次世界大戦が正式に始まりました。この侵攻は国際法に反するものであり、これを受けてフランスとイギリスがドイツに対して宣戦布告を行い、戦火は瞬く間に全世界へと広がっていきました。