第一次世界大戦(1914年~1918年)では、連合国・同盟国いずれの陣営の兵士も、置かれた場所や状況に応じて、さまざまな場所で眠りにつきました。前線か後方か、季節や天候、部隊の装備などによって、その睡眠環境には大きな差がありました。
塹壕での睡眠――「ダグアウト」と呼ばれる掘っ立て小屋
西部戦線などを中心とした塹壕戦では、兵士たちは「ダグアウト(dugout)」と呼ばれる地面に掘られた穴で暮らしていました。ダグアウトの上には防水シートやターポリンが掛けられ、雨や砲弾の破片から身を守る最低限の避難所となっていました。
しかし、こうした掘っ立て小屋は非常に狭く、不衛生で快適とは言い難い空間でした。スペースが限られていたため、兵士たちは交代制で仮眠をとるしかありません。さらに状況が悪化すると、防水シートひとつない野外で、風雨や寒さにさらされたまま眠らざるを得ない兵士も少なくなかったのです。
後方や臨時キャンプでは比較的ましな環境も
一方、前線から離れた後方地域や臨時キャンプに滞在する期間には、もう少し人間らしい睡眠環境が得られることもありました。軍から支給されるテントや兵舎(バラック)、その他の簡易的な宿舎で横になれるケースがあるほか、占領地や作戦地域周辺では、現地の民家を徴用して宿泊できることもありました。
ただし、こうした「快適な」睡眠も長くは続かず、数日で再び最前線へ戻っていくのが通常でした。
睡眠は戦場における最大の贅沢品
どこで眠るかにかかわらず、第一次世界大戦中の兵士にとって「十分な睡眠」は常に不足しがちな貴重なものでした。夜間も続く砲撃の音、いつ襲われるかわからない攻撃への警戒、そして戦闘による肉体的・精神的な疲労。これらが重なり、多くの兵士にとって一晩ゆっくり眠ることは、ごく普通の日常ですらなかったのです。