ウィリアム・ブライ、アーサー・フィリップ、ラクラン・マッコーリー、マーティン・フロビッシャー。この4人のうち、オーストラリアに上陸し、ヨーロッパ人入植の歴史の扉を開いたのはアーサー・フィリップ(Arthur Phillip)です。
アーサー・フィリップとはどんな人物か
アーサー・フィリップはイギリス海軍の士官であり、初代ニューサウスウェールズ総督として知られる人物です。彼の最大の功績は、1788年にイングランドから「第一艦隊(ファースト・フリート)」を率いてボタニー湾へ向かったことにあります。この航海は、オーストラリアにおけるヨーロッパ人定住の出発点となりました。
第一艦隊は11隻の船で構成され、約1,500人が乗船していました。その中には、イギリス国内の刑務所が過密状態だったことから移送された囚人たちも多く含まれていました。フィリップはボタニー湾の条件が入植地として不適切であると判断し、近くのシドニー・コーブへ移動して入植を開始しました。この日付は現在、オーストラリアの建国記念日(オーストラリア・デー)として祝われています。
他の3人はなぜ答えにならないのか
ウィリアム・ブライは、有名な「バウンティ号の反乱」で知られる海軍士官です。後にニューサウスウェールズ総督を務めましたが、オーストラリア入植の先駆者ではありません。
ラクラン・マッコーリーは、1810年から1821年にかけてニューサウスウェールズ総督を務めた人物で、植民地の発展に大きく貢献しましたが、フィリップより後の時代の人です。
マーティン・フロビッシャーは、エリザベス1世時代の探検家で、北西航路の探索など北米方面の航海で名を残した人物であり、オーストラリアとは直接の関わりがありません。
まとめ
オーストラリアへの最初のヨーロッパ人入植を主導したのは、初代ニューサウスウェールズ総督アーサー・フィリップです。1788年の第一艦隊による上陸は、オーストラリア近代史の原点といえる出来事です。