ココ・シャネル(1883年〜1971年)は、その人生の大半をフランス、とりわけパリで過ごしました。彼女はパリを拠点として自身のファッションハウス「シャネル」を設立し、世界のハイファッションに多大な影響を与えたデザイナーとして名を馳せました。
パリで築かれたファッション帝国
シャネルは1910年頃、パリに帽子店「シャネル・モード」を開業したことをきっかけに、デザイナーとしてのキャリアを本格的にスタートさせました。その後、ココ・シャネルの名を一躍有名にしたのが、1921年に発表された伝説的な香水「シャネルNo.5」や、女性のファッションを解放した「リトル・ブラック・ドレス」です。
リッツ・ホテルでの暮らし
晩年のシャネルは、パリ・ヴァンドーム広場に面した高級ホテル「リッツ・パリ」の一室に約30年以上も住み続けたことでも知られています。彼女はこのホテルを事務所代わりにも使い、ここから毎日アトリエへ通ってコレクションの制作に取り組んでいたといわれています。
スイスへの亡命とパリへの帰還
第二次世界大戦中および戦後の一時期、シャネルはスイスのローザンヌなどに移り住んでいました。しかし1954年、70歳を過ぎてパリに戻り、ファッション界への華麗なる復活を果たします。以降、亡くなるまでパリで創作活動を続けました。
まとめ
ココ・シャネルが主に住んでいた国はフランスであり、その中心は常にパリでした。パリで確立された彼女のデザイン哲学とブランド精神は、現在もなお世界中のファッションシーンに受け継がれています。