オセアニアの歴史

第一次世界大戦前に存在した多民族帝国――オーストリア=ハンガリー、オスマン、ロシア

第一次世界大戦が勃発する以前のヨーロッパと中東には、単一の政府のもとで多数の民族を統治する「多民族国家」がいくつも存在していました。これらの帝国は広大な領土を抱え、異なる言語・宗教・文化を持つ人々を一つの国家としてまとめ上げていました。ここでは、その代表的な三つの帝国を紹介します。

オーストリア=ハンガリー帝国(1867年~1918年)

オーストリア=ハンガリー帝国は、中央ヨーロッパから東ヨーロッパにかけて1867年から1918年まで存在した多民族国家です。ハプスブルク家による二重君主制(二重帝国)として統治され、ドイツ人、ハンガリー人、チェコ人、スロバキア人、ポーランド人、ウクライナ人、ルーマニア人、セルビア人、クロアチア人、ボシュニャク人、イタリア人など、極めて多様な民族で構成されていました。

オスマン帝国(1299年~1922年)

オスマン帝国は、1299年から1922年まで中東や北アフリカ、さらには東南ヨーロッパにまで勢力を広げた巨大な多民族国家でした。オスマン家によって統治され、トルコ人、アラブ人、クルド人、アルメニア人、ギリシャ人、アルバニア人、ブルガリア人、セルビア人、ボシュニャク人、エジプト人など、数多くの民族を包含していました。600年以上に及ぶ長い歴史を持つ帝国として知られています。

ロシア帝国(1721年~1917年)

ロシア帝国は、1721年から1917年まで東ヨーロッパからアジアにかけて広大な領土を支配した多民族国家です。ロマノフ朝によって統治され、ロシア人のほか、ウクライナ人、ベラルーシ人、フィンランド人、エストニア人、ラトビア人、リトアニア人、ポーランド人、グルジア(ジョージア)人、アルメニア人、アゼルバイジャン人、タタール人、バシキール人、カザフ人、キルギス人、ウズベク人、タジク人、トルクメン人など、実に100以上とも言われる多様な民族を含んでいました。

帝国の終焉とその後

これらの帝国はいずれも第一次世界大戦を経て解体への道を辿りました。その跡地では新たな国民国家が次々と誕生し、多民族が一つの帝国のもとで共存するかたちの時代は幕を閉じました。こうして20世紀のヨーロッパと中東の地図は大きく塗り替えられることになったのです。