1519年、スペインの征服者エルナン・コルテスがアステカ帝国の首都テノチティトランに到達したとき、皇帝モクテズマ2世は彼を追い払うため、金や銀などの財宝を贈りました。しかし、この「懐柔策」は裏目に出ます。金はむしろコルテスの征服欲を刺激し、その後の出来事は緊張の激化、そして最終的にはアステカ帝国の滅亡へとつながっていったのです。
モクテズマの金贈呈後に起こった出来事
1. コルテスのさらなる要求
モクテズマはコルテスをなだめ、テノチティトランから去らせるために、金・銀・その他の宝物を何度も贈りました。ところがコルテスは満足せず、これを征服計画を進める好機と捉えたのです。
2. 要求のエスカレートと人質
コルテスはさらに強硬な要求を突きつけました。その内容には、アステカ帝国の全財宝の引き渡しや、人質として捕らえていたアステカの高官2名の扱いなどが含まれていました。
3. テノチティトランでの反発と動揺
モクテズマのコルテスへの譲歩は、アステカの貴族や民衆の間に広範な反発を引き起こしました。人々はスペイン人の振る舞いに屈辱を感じ、多くの者がスペイン人に対する陰謀を企て始めました。
4. 争乱の激化
緊張が高まる中、テノチティトランでスペイン兵とアステカ人の間に小規模な衝突が発生し、多数のアステカ人が命を落としました。これにより対立はさらに過熱し、スペイン人に対する大規模な蜂起が始まりました。
5. モクテズマの幽閉と包囲
モクテズマはコルテスによって捕らえられ、アステカ人を抑え込むための人質とされました。しかしこれは怒りに油を注ぐだけとなり、アステカ人はテノチティトランでスペイン軍を包囲しました。
6. スペイン軍の敗走「悲しき夜」
追い詰められたコルテス一行は、夜陰に乗じてテノチティトランからの脱出を図ります。この出来事は「悲しき夜(La Noche Triste)」として知られ、スペイン軍は甚大な損害を受けました。
7. 再編とテノチティトランへの再攻撃
コルテスは退却して体勢を立て直し、同盟諸部族からの援軍を集めました。そして再びテノチティトラン攻略に乗り出し、数か月にわたる包囲戦を展開しました。
8. テノチティトラン陥落
激しい戦闘とアステカ側の抵抗が数か月続いた末、1521年8月、コルテス率いるスペイン軍はついにテノチティトランを陥落させました。アステカ首都の陥落は、メキシコにおけるスペイン征服の始まりであり、アステカ帝国の終焉を意味するものでした。
結論:金は野心を止められなかった
モクテズマによる金の提供は、コルテスのアステカ帝国征服の野望を食い止めることはできませんでした。むしろ要求のエスカレートと国内の動揺を招き、最終的にはテノチティトランの陥落とアステカ文明の崩壊につながったのです。歴史は、譲歩が相手の欲望を満たすどころか、逆に増幅させることもあるという教訓を私たちに残しています。