1788年、最初の艦隊がオーストラリアに持ち込んだものとは
1788年にニューサウスウェールズへ到着したイギリスの最初の艦隊(ファースト・フリート)は、新しい植民地を建設するために必要なさまざまな物資や資材を積んでいました。しかし、先住民アボリジニのコミュニティとの友好を目的とした、いわゆる「友情の品(友情アイテム)」と呼べるような特別な品々は、持ち込んでいませんでした。
艦隊の目的は「流刑植民地」の建設
最初の艦隊の主な目的は、ボタニー湾に流刑植民地を設立することであり、現地の先住民アボリジニとの大規模な外交活動や同盟交渉を行うことではありませんでした。そのため、船に積まれた貨物の中心は、入植者たちの生活を支え、新しい居住地を確保するための生存用品、道具、物資、食料などでした。
実際に積まれていた主な品目
具体的には、以下のようなものが積まれていたとされています。
- 小麦粉、塩漬け肉、乾燥豆などの大量の食料品
- 農具や建築用の道具・資材
- 種子や家畜(牛、羊、鶏など)
- 衣類、テント、医療用品
- 武器や弾薬
つまり、「友情の品」は存在せず、艦隊が運んだのはあくまで植民地の開拓と経営のための実用的な物資だったのです。この事実は、当時のイギリスが先住民との対等な関係構築よりも、自国の囚人収容と領土拡大を優先していたことを物語っています。