「バーモント州はいつ独立共和国を宣言しましたか?」――この質問には、意外な事実が隠れています。結論から言えば、バーモントはいわゆる「独立共和国」として正式に成立・承認されたわけではなく、1791年3月4日にアメリカ合衆国14番目の州として連邦に加盟しました。ここでは、その背景にある複雑な歴史をわかりやすく解説します。
そもそもバーモントは13植民地ではなかった
バーモント地方は、アメリカ独立戦争当時、13植民地のどこにも属さない特別な地域でした。ニューヨークとニューハンプシャーの両方が領有権を主張し、長年にわたって境界紛争が続いていたためです。この特殊な事情こそが、「バーモント=独立共和国」というイメージの発端となっています。
1777年:自治政府の樹立と「バーモント共和国」の時代
1777年1月15日、バーモントの住民たちは周辺州の支配からの独立を宣言し、当初は「ニュー・コネチカット」、後に「バーモント」と名乗る自治政府を樹立しました。独自の憲法を採択し、通貨や郵便制度を整えるなど、約14年間にわたり事実上の独立国家のように機能しました。
ただし、この政体はアメリカ合衆国からも外国からも正式な国家承認を受けておらず、厳密な意味での「独立共和国」とは言えません。なお、バーモント憲法は当時としては非常に先進的で、成人男性の奴隷制を禁止した点でも知られています。
1791年3月4日:合衆国14番目の州へ
独立戦争後も州への昇格を目指す交渉を続けた結果、バーモントは1791年3月4日についに合衆国憲法を批准し、建国13州に続く14番目の州として正式に連邦へ加わりました。以降、バーモントは独立国家としての道を選ぶことなく、今日までアメリカ合衆国の一州として歩み続けています。
まとめ
バーモントは「独立共和国を宣言した州」ではなく、1777年に自治政府を樹立した後、1791年3月4日にアメリカ合衆国14番目の州となった土地です。独立共和国としての正式な承認は一度も得ておらず、その歴史の到達点はあくまで「州への加盟」にありました。