南アメリカの歴史

チャビン現象とは何か――中央アンデス文明の起源をめぐる考古学

中央アンデスの大地に土器文化が導入されて以降の時代は、いわゆるチャビン現象と呼ばれる現象といかたちで結びついている。この現象はおよそ紀元前2世紀頃まで続き、その後、各地域の社会が次第に統合され始めることになる。

チャビン現象とは何か――中央アンデス文明の起源をめぐる考古学

「チャビン」という言葉のもつ複数の意味

やや無駄な作業に思われるかもしれない。すでに多くの研究者が指摘してきたテーマだからである。それでも、読者に改めて思い起こしてもらう価値があると私たちは考える。「チャビン(Chavín)」という言葉は、過去にも現在にも数多くの意味をもってきた。今なお有効な意味もあれば、すでに使われなくなったものもある。

たとえば単に「チャビン」と言えば、同名の遺跡チャビン・デ・ワンタル(Chavín de Huántar)を指すことが多い。同時にこの言葉は芸術様式を意味することもあり、さらにそれは「ホライズン(Horizon)」という概念とも結びつけられてきた。これが大きな混乱を招き、必ずしも正しく理解されてこなかったのである。

様式としてのチャビンは、その起源となった中心地から周縁部へとスタイルが伝播したことを意味する。この場合、様式の分散にはさまざまな要因が作用し、その結果、様式そのものも変化していく。これは相対的な編年(相対年代)を確立するための作業道具なのである。

しかし「ホライズン」には別の捉え方もある。ジョン・H・ロウ(John H. Rowe)が提唱した概念では、様式を手がかりに時代を確定し、過去の出来事を本来の時系列の順序で研究し、それらを構成する文化的プロセスを把握したうえで、放射性炭素(ラジオカーボン)法の助けを借りて暦年を与えようとするものである。

文化、文明、宗教イデオロギーとしてのチャビン

「チャビン」と言うとき、より広範で複雑なもの、すなわち当時の人間とその営み全体を包括する「文化」を思い浮かべることもできる。ここには、いわゆる「チャビン文明」と呼ばれるものが含まれる。

一方、フリオ・C・テリョ(Julio C. Tello)とその後継者たちにとって、「チャビン」はきわめて特殊な含意をもち、強い理論的要素を伴っていた。彼らにとってそれは基盤となる文化、事実上、中央アンデス高度文化の拡散の中心を意味していたのである。

また「チャビン」と言えば、ある特定の時代にアンデス地域で展開し広まった宗教イデオロギーを想起することが多い。そして最後に、「チャビン」という語によって、実在しなかった帝国現象に独自の名を与えようとする考え方もあった。この概念は最終的に捨て去られるべきものである。

チャビン現象とは何か――中央アンデス文明の起源をめぐる考古学

研究史――ウーレからロウ、バーガーへ

チャビン・デ・ワンタルの記念碑的な建造物は、ヨーロッパ人による征服の時代から注目を集めてきた。しかしマックス・ウーレ(Max Uhle)による科学的考古学の導入以降になって初めて、この現象の起源を解明しようとする本格的な関心が生まれた。

ここでは、現在得られている証拠に照らして事実を提示するよう努める。だが、さまざまな解釈の歴史的経緯を押さえておくことも重要だ。そうすることで読者は、発見が積み重なるにつれて学説がどう変遷していったかだけでなく、一部の考古学者が、自分の死後にようやく実証される事実をいかに見事に直感していたかをも知ることができるだろう。

これは問題への視座を保ち、クルト・バルディンガー(Kurt Baldinger)がかつて述べたように、一見確実に見える知識が相対化されること――すなわち特定の条件に依存するようになること――を理解するために不可欠である。しかしそうすることで真理もまた相対化される。「唯一の真理」など存在せず、あるのは「諸々の真理」だけ。条件が変われば、真理もまた変化するのである(…)

チャビン現象とは何か――中央アンデス文明の起源をめぐる考古学

遺跡の周辺に人は住んでいたのか

(…)チャビン・デ・ワンタルについては、征服の時代以来ほぼ絶え間なく語り継がれてきた。しかし、神殿が使用されていた当時、その近郊に実際に人口が存在したのかどうかを確かめようとする者はほとんどいなかった。関心は常に巨大な遺構群そのものだけに向けられていたのである。

1938年に当地で発掘を行ったウェンデル・ベネット(Wendell Bennett)は、遺跡が特定の時期にのみ使用された儀礼センターの遺構であり、年の残りの期間にはごく小規模な人口しかとどまらなかったと結論づけた。

ところがマリノ・ゴンサレス(Marino Gonzales)は、根拠に基づいてジョン・ロウに対し、現在のチャビンの町の地下には大規模な人口の痕跡が眠っており、それは神殿の繁栄期と同時代でありうると示唆した。近年リチャード・バーガー(Richard Burger)が行った調査はこれらの事実を実証し、チャビン・デ・ワンタル地域のみならず、この現象に関わる全期間を通じて、はるかに明確な編年の確立を可能にした。

バーガーはチャビンの町そのものでも発掘を行い、神殿のデータとの関連づけに成功した。その結果、彼は三つの期からなる時系列を打ち立て、それぞれに土地の名称を与え、放射性炭素法による年代測定を行ったのである。

チャビン現象とは何か――中央アンデス文明の起源をめぐる考古学

出典:『Peru Man and History』 Duccio Bonavia(ドゥッチョ・ボナヴィア)