はじめに
19世紀後半から20世紀初頭にかけて、アメリカ合衆国では女性が投票権を獲得するために数多くの団体が結成され、活発な運動が展開されました。1920年に憲法修正第19条が批准され、女性に参政権が保障されるまでには、半世紀以上にわたる粘り強い努力がありました。本記事では、その運動を牽引した代表的な3つの組織をご紹介します。
全米女性参政権協会(NAWSA)
全米女性参政権協会(National American Woman Suffrage Association:NAWSA)は、1890年に設立された、アメリカ最大かつ最も影響力のある参政権団体です。スーザン・B・アンソニー、エリザベス・キャディ・スタントン、キャリー・チャップマン・カットといった著名な活動家たちが指導を担いました。
NAWSAは連邦レベルでの参政権法案成立を目指すロビー活動を行うとともに、各州ごとの参政権キャンペーンを組織し、憲法修正第19条の批准を強く支援しました。穏健かつ組織的な戦略によって、運動の主流派として大きな役割を果たしたのです。
全米婦人参政権協会(AWSA)
全米婦人参政権協会(American Woman Suffrage Association:AWSA)は、1869年に設立された、アメリカで最初の全国規模の参政権団体です。ルーシー・ストーン、ジュリア・ウォード・ハウ、フランシス・ウィラードら著名な活動家が率いていました。
AWSAは州単位での参政権法制化を目指すロビー活動に重点を置き、参政権にとどまらない幅広い女性の権利向上にも取り組みました。穏健な路線を採り、幅広い層の支持を受け入れる開かれた組織だった点が特徴です。
全米女性党(NWP)
全米女性党(National Woman's Party:NWP)は、1916年に設立された、より急進的な色合いの強い参政権団体です。アリス・ポール、ルーシー・バーンズ、イネス・ミルホランドらが指導しました。
NWPは、ピケ行進やハンガー・ストライキなど、当時としては大胆な戦術を用いて世論の注目を集めました。抗議行動による逮捕や投獄といった過酷な状況にも屈せず、連邦憲法修正という明確な目標を掲げて闘い続けました。こうした急進的な活動は、穏健派団体の交渉力を相対的に高める効果も生み、参政権実現への追い風となったとされています。
まとめ
アメリカの女性参政権運動は、穏健なロビー活動を展開するNAWSAやAWSAと、大胆な直接行動に出たNWPという、異なる戦略を持つ複数の組織の力が組み合わさることで前進してきました。1920年の憲法修正第19条批准により、アメリカの女性はついに投票権を手に入れたのです。