南アメリカの歴史

第一次世界大戦でアメリカはどこを攻撃した?参戦の経緯と主な戦場を解説

結論:アメリカが戦ったのは「西ヨーロッパの西部戦線」

第一次世界大戦(1914年~1918年)において、アメリカが攻撃・戦闘を行った主な場所は、フランス北部を中心とする西ヨーロッパの西部戦線です。加えて、大西洋ではドイツのUボート(潜水艦)に対する海上戦も展開しました。アメリカ本土が戦場になることはなく、戦闘はヨーロッパ大陸と海洋上で行われた点が特徴です。

参戦のきっかけ:ドイツの無制限潜水艦作戦

アメリカは1917年4月6日、ドイツに対して宣戦布告し、第一次世界大戦に参戦しました。直接のきっかけとなったのは、ドイツが大西洋で「無制限潜水艦作戦」を再開したことです。この作戦により複数のアメリカ商船が撃沈され、数百人のアメリカ市民が命を落としました。

当時のアメリカは「中立政策」を掲げ、連合国側と中央同盟国側のどちらにも加担しない立場を取っていました。しかし、ドイツによる潜水艦攻撃はこの中立を著しく侵害する行為であり、結果としてアメリカは連合国側について参戦することになったのです。

200万人規模の「アメリカ遠征軍(AEF)」を編成

宣戦布告直後、アメリカは直ちに軍隊の動員とヨーロッパへの派遣準備に着手しました。ここで編成されたのがアメリカ遠征軍(AEF)であり、ジョン・J・パーシング将軍が司令官に任命されています。

AEFは1917年6月にフランスへ到着し始め、その後増強を重ね、最終的には200万人を超える兵力にまで拡大しました。これらの部隊が西部戦線のフランス領内でドイツ軍と交戦することになります。

メューズ・アルゴンヌ攻勢など主要な戦い

アメリカ軍は連合国の勝利に大きく貢献しました。特によく知られているのがメューズ・アルゴンヌ攻勢(1918年9月~11月)で、これはアメリカ史上最大かつ最も犠牲の多い戦いとされています。この攻勢によりドイツ軍の防衛線は崩壊へと向かい、終戦を加速させる一因となりました。

さらにアメリカ軍は前線での戦闘だけでなく、兵站(後方支援)、航空部隊、医療活動といった分野でも連合国に不可欠な支援を提供し、戦争全体の帰趨に大きな影響を与えました。

犠牲者と戦後世界への影響

1918年11月の終戦までに、アメリカ軍の死傷者は35万人以上に達し、うち5万3千人以上が戦死しました。多大な犠牲を払ったものの、アメリカはこの戦争を通じて世界の主要国としての地位を確立し、ヴェルサイユ体制に代表される戦後国際秩序の構築において中心的な役割を果たすことになります。