第14代副大統領ジョン・C・ブレッキンリッジとは
ジョン・C・ブレッキンリッジ(John C. Breckinridge、1821〜1875)は、1857年から1861年まで第14代アメリカ合衆国副大統領を務めた政治家です。彼は州権(States' Rights)と奴隷制の強力な支持者であり、奴隷制の新領土への拡大に反対する共和党の綱領には一貫して反対の立場を貫きました。
1860年大統領選挙と敗北
1860年の大統領選挙では、奴隷制問題をめぐって分裂した民主党のうち、南部民主党の候補として出馬しました。結果はエイブラハム・リンカーンに敗れたものの、南部諸州の大多数の支持を獲得しており、彼の政治的基盤がいかに南部に根ざしていたかを物語っています。
南部脱退に対する見解
リンカーンの当選後、ブレッキンリッジは南部の連邦脱退運動を主導する側に回りました。彼は「連邦政府が南部諸州の権利を侵害した以上、各州には合衆国から脱退する権利がある」という考えを持っていました。これは、個々の州の主権が連邦に優先するという州権主義的な憲法解釈に基づくものです。
彼の見解を形作った要因
ブレッキンリッジの政治思想には、生い立ち、教育、そして政治経験という複数の要素が影響を与えました。
ケンタッキーでの生い立ち
彼はケンタッキー州の奴隷所有者の家庭に育ち、幼少期から奴隷制を肯定する考え方に触れていました。この環境が、後の彼の政治的立場に深く刻まれることになります。
教育と法学の学び
ブレッキンリッジはセンター大学を卒業後、プリンストン大学に学び、トランシルヴァニア大学で法律を修めました。学問の過程で北部の奴隷制廃止運動の議論にも接しましたが、それでも彼の奴隷制擁護と州権重視の姿勢は揺らぐことがありませんでした。
政治経歴
故郷のケンタッキーに戻った後、州下院議員を皮切りに政治家としてのキャリアを歩み始めます。その後、連邦下院議員や副大統領を歴任し、1861年には連邦上院議員に就任しました。特に上院では州権と奴隷制擁護の旗手として知られ、共和党の綱領に対する強硬な反対派として頭角を現しました。
賛否が分かれる歴史的評価
南部脱退を支持した彼の見解は、当時から現在に至るまで激しい論争の的となっています。「合衆国への裏切り者」と断じる見方がある一方で、「南部の権利を守ろうとした擁護者」と評価する声もあります。この評価の分裂こそが、南北戦争前夜のアメリカ社会が抱えていた深刻な対立を映し出しているといえるでしょう。
南北戦争とその後の人生
ブレッキンリッジ自身も言葉だけでなく行動でその信念を示しました。南部同盟(アメリカ連合国)に加わり、将軍として戦場に立ち、戦争末期の1865年には南部同盟の陸軍長官を務めています。戦後は一時ヨーロッパへ亡命しましたが、1868年に帰国してケンタッキーで弁護士業を再開し、1875年にこの世を去りました。