北米における最初期のイギリス人恒久入植地の一つであるプリマス植民地の第2代総督は、ウィリアム・ブラッドフォード(William Bradford)です。彼は1621年に総督に選出され、1657年に亡くなるまでの30年以上にわたって植民地を率い続けました。
ウィリアム・ブラッドフォードとはどんな人物?
ブラッドフォードは1590年にイングランドのヨークシャーで生まれました。若くして国教会からの分離を主張する分離派(のちのピルグリム・ファーザーズ)に加わり、宗教的迫害を避けるためにオランダへ移住します。さらに1620年にはメイフラワー号に乗船し、新世界への危険な航海に参加しました。
1621年の総督選出
1621年4月、初代総督ジョン・カーヴァーが急逝すると、当時31歳だったブラッドフォードが後任の総督に選ばれました。以降、彼は定期的に行われる選挙でたびたび再選され、短い中断期間を除き、ほぼ生涯にわたって植民地の最高指導者の座にあり続けました。
30年以上に及ぶ統治と主な功績
ブラッドフォードは1657年に亡くなるまで長期にわたり総督職を務めました。その在任期間中の主な功績は以下の通りです。
- メイフラワー誓約への関与: 植民地の自治の基盤となったこの歴史的文書の署名者の一人であり、その精神を実践する指導者でした。
- 「プリマス開拓史」の執筆: メイフラワー号の航海から入植地の発展までを記録した彼の歴史書は、アメリカ初期史を知る上で最も重要な一次資料の一つとされています。
- 危機の克服: 厳しい冬、飢饉、先住民との関係構築など、初期入植地が直面した数々の困難を乗り越え、植民地の安定と成長を実現しました。
まとめ
プリマス植民地の第2代総督ウィリアム・ブラッドフォードは、1621年の就任から1657年の死去まで、30年以上にわたり植民地を導いた卓越した指導者でした。彼のリーダーシップと残した歴史的記録は、アメリカ合衆国の建国の礎を理解する上で今なお欠かせないものとなっています。