南アメリカの歴史

奴隷制廃止論者はどのように奴隷制と闘ったのか?米国で展開された8つの戦略

19世紀のアメリカ合衆国において、奴隷制廃止論者(アボリショニスト)たちは、奴隷制度という深刻な社会問題と闘うために、多岐にわたる戦略を駆使しました。政治的な働きかけから秘密裏の救出活動まで、その活動は実に多彩でした。ここでは、彼らが用いた主な8つの方法を詳しく見ていきます。

1. 政治的な働きかけ

奴隷制廃止論者は、奴隷制に関連する政府の政策や立法に影響を与えるため、積極的に政治運動や各種イニシアチブに参加しました。議員へのロビー活動、奴隷制廃止を求める請願、奴隷制に反対する立場の候補者への支援などを行い、政治の場から変化を推し進めようとしたのです。

2. 演説と講演活動

多くの廃止論者は優れた弁舌の才を持ち、全国を巡りながら演説や講演を通じて奴隷制の悲惨な実態について広く訴えかけました。フレデリック・ダグラス、ソジャーナ・トゥルース、ウィリアム・ロイド・ギャリソン、ウェンデル・フィリップスらは、力強いスピーチで名を馳せた代表的な人物です。

3. 奴隷制反対文献の出版

廃止論者たちは、新聞、パンフレット、書籍などの出版物を通じて、奴隷制の非人道性を暴露し、その経済的・社会的影響を厳しく批判しました。『ザ・リベレーター』や『ナショナル・アンチスレーブリー・スタンダード』といった定期刊行物に加え、ハリエット・ビーチャー・ストウの『アンクル・トムの小屋』は、世論に大きな衝撃を与えた作品として特に有名です。

4. 地下鉄道(アンダーグラウンド・レイルロード)

廃止論者たちは「地下鉄道」と呼ばれる秘密のネットワークを築き上げ、奴隷にされた人々が南部から自由州やカナダへ逃れる手助けをしました。このネットワークは、安全な隠れ家となるセーフハウス、移動手段、そして脱出経路に沿った継続的な支援を提供しました。

5. 奴隷反乱の支援

一部の廃止論者は、奴隷制に抵抗し、武力によって自由を勝ち取る手段として、奴隷反乱を支持・奨励しました。1831年のナット・ターナーの反乱や、1859年のジョン・ブラウンによるハーパーズ・フェリー襲撃事件などがその代表例として知られています。

6. 国際的な支援の獲得

廃止論者たちは、外国政府や国際機関に働きかけることで、自らの運動への国際的な支持を求めました。奴隷制を実践しながら民主主義を掲げる国家という矛盾を世界に曝き、アメリカに対する外交的圧力を訴えたのです。

7. 奴隷制廃止協会の結成

奴隷制廃止という共通の目的のため、廃止論者たちは数々の団体や組織を設立しました。全米奴隷制反対協会(American Anti-Slavery Society)などの組織は、活動の調整、資金集め、公開キャンペーンなどを統括し、運動全体を支える重要な基盤となりました。

8. 直接行動と市民的不服従

一部の廃止論者は、奴隷制とその支持者に立ち向かう手段として、直接行動や市民的不服従を選びました。奴隷オークションの妨害、親奴隷制派の集会への抗議、奴隷制を支える法律への従属拒否など、法や慣習に正面から異を唱える行動に出たのです。

まとめ

こうした多様な努力の積み重ねにより、1865年にアメリカ合衆国憲法修正第13条が批准され、ついに奴隷制は廃止されました。奴隷制廃止論者たちの献身的な闘いは、アメリカ史における大きな転換点となったのです。