南アメリカの歴史

「好感情の時代」の終焉――アメリカを二分した4つの論争とは?

1. 合衆国第二銀行(Second Bank of the United States)

1816年に設立された合衆国第二銀行は、当時のアメリカ社会を大きく二分した論争の的となりました。

ジェームズ・モンロー大統領らは、国立銀行が経済の規制や商業の円滑化に不可欠であると考えていました。一方、アンドリュー・ジャクソン率いる反対派は、同銀行が富裕層エリートにのみ利益をもたらす独占的な存在であり、州の権限を脅かすものだと主張しました。

2. 1816年関税法(Tariff of 1816)

1816年関税法は、アメリカ国内の産業を外国製品との競争から守ることを目的とした保護関税です。

製造業が急成長していた北部では歓迎されましたが、輸入品の価格上昇を招くことから、農業中心の南部では強い反発を受けました。南北間の経済的利害の対立を浮き彫りにした政策といえます。

3. ミズーリ妥協(Missouri Compromise)

1820年、ミズーリが奴隷州として連邦に加盟しようとしたことで、新たな準州への奴隷制拡大をめぐって激しい論争が勃発しました。

この危機は「ミズーリ妥協」によって一応の決着を見ます。ミズーリを奴隷州、メインを自由州として加盟させるとともに、北緯36度30分を境界線と定め、それ以北での奴隷制を禁止したのです。しかし、この妥協は奴隷制問題の根本的な解決には至らず、後の南北対立の伏線となりました。

4. インディアン移住法(Indian Removal Act)

1830年に成立したインディアン移住法は、連邦政府がネイティブ・アメリカンの諸部族と条約を締結し、アメリカ東部の土地を西部の土地と交換することを認める法律でした。

しかし、この法律は先祖代々の土地からの強制的な立ち退きと、見知らぬ土地への移住をネイティブ・アメリカンに突きつけるものであり、多大な犠牲を生んだことから、今日に至るまで大きな批判の対象となっています。

まとめ

以上が、「好感情の時代(Era of Good Feelings)」の終焉期にアメリカを二分した主要な問題の一部です。こうした対立はやがて政党の再編と台頭を促し、アメリカ政治をより両極化されたものへと変えていくことになりました。