フランス革命以前、つまり「アンシャン・レジーム(旧体制)」と呼ばれる時代には、投票権はごく一部の人々にしか認められたおらず、選挙制度は厳しく制限されていました。ここでは、革命前のフランスにおける投票システムの概要を詳しく見ていきましょう。
アンシャン・レジーム(旧体制)の選挙制度
身分制社会「三部会」の存在
当時のフランス社会は、大きく三つの身分に分けられていました。
- 第一身分:聖職者(教会)
- 第二身分:貴族
- 第三身分:平民(一般市民・農民・ブルジョワジーなど)
この身分制度そのものが、後述する政治参加の格差を生み出す土台となっていました。
普通選挙権は存在せず
選挙に参加できたのは、第一身分と第二身分の成員だけであり、彼らはそれぞれの地方の身分会(州三部会など)で投票を行う特権を持っていました。一方、人口の大多数を占める第三身分は、政治プロセスからほぼ排除されていたのです。
三部会の限定的な役割
三部会(Etats-Généraux)は三つの身分を代表する諮問機関でしたが、開催が不定期であり、その役割もあくまで国王への助言にとどまっていました。立法や政策決定に対する実質的な権限は持っていなかった点も重要です。
選挙権をめぐる厳しい制限
投票権は、社会的地位・財産・特権によって決められていました。選挙資格を持っていたのは、貴族出身の男性、高位の聖職者、そして特定の財産や所得要件を満たした一部の第三身分成員のみでした。女性や貧困層は当然ながら対象外でした。
間接選挙の仕組み
三部会の召集時には、各州のさまざまな社会集団から選挙人を選び、その選挙人がさらに三部会に出席する代表者を選出するという、間接選挙の形式が取られていました。この多段階の仕組みも、一般民衆の声を直接政治に届けにくい一因となりました。
貴族と聖職者の不均衡な影響力
第一身分と第二身分は三部会において過大な影響力を持ち、第三身分の利益や意見をしばしば無視・覆してきました。さらに各身分が同数の票を持つ採決方式だったため、人口の9割以上を占める第三身分が少数派として扱われる構造が固定化していました。
革命につながった政治的閉塞
このような限定的な代表制と選挙権の制約により、フランスの政治は特権階級に支配され、国民多数派の利益を十分に反映できない体制が続いていました。こうした政治的不公正は、啓蒙思想の広まりや財政危機などの他の要因と相まって、民衆の不満と政治改革への要求を一層強め、1789年のフランス革命へと突き動かすことになったのです。