南アメリカの歴史

ミズーリ妥協はどのような問題を解決したのか?〜1820年、奴隷制対立の決着策

問題:西部新領土をめぐる奴隷制対立の激化

19世紀初頭のアメリカでは、ルイジアナ買収によって広大な西部領土が手に入ったことで、新たな州が連邦に加わるたびに「奴隷制を認める州(奴隷州)」にするか「奴隷制を禁じる州(自由州)」にするかが争点となっていました。

当時、自由州と奴隷州の数はほぼ均衡しており、どちらが優位に立つかは連邦議会における南北の勢力バランスを直接左右する重大な問題でした。1819年にミズーリ準州の州昇格が議題に上がると、この対立は一気に表面化し、国家分裂の危機すら懸念される事態となりました。

解決策:ミズーリ妥協(1820年)

この危機を打開したのが、1820年に成立した「ミズーリ妥協」です。その主な内容は次の3点です。

  • ミズーリを奴隷州として連邦に加盟させる
  • メインを自由州として加盟させ、南北の勢力バランスを維持する
  • ルイジアナ買収地域のうち、北緯36度30分以北では奴隷制を禁止する

この妥協案はヘンリー・クレイらの仲介によって成立し、一時的には南北の緊張を和らげることに成功しました。しかし、これは奴隷制という根本的な対立を先送りしたにすぎませんでした。1854年のカンザス・ネブラスカ法によって同妥協は事実上破棄され、やがて南北戦争へと至る対立の火種を残すことになったのです。