南アメリカの歴史

南部諸州の連邦離脱はどれくらいの期間に行われたのか?各州の脱退時期を解説

アメリカ合衆国からの離脱(脱退)を宣言した南部諸州は、1860年12月20日から1861年6月8日までの約半年間にわたり、順次連邦を離脱していきました。最初に離脱したのはサウスカロライナ州で、最後に離脱したのはテネシー州です。

離脱の発端:サウスカロライナ州

1860年11月の大統領選挙でエイブラハム・リンカーンが当選したことを受け、奴隷制の維持を重視する南部諸州では連邦からの分離を求める動きが一気に加速しました。その先頭に立ったのがサウスカロライナ州であり、同州は1860年12月20日、合衆国から最初に離脱を宣言した州となりました。

相次いだ深南部諸州の離脱

サウスカロライナ州に続き、ミシシッピ州(1861年1月9日)、フロリダ州(1月10日)、アラバマ州(1月11日)、ジョージア州(1月19日)、ルイジアナ州(1月26日)、テキサス州(2月1日)と、深南部の州が次々と離脱しました。これら7州は1861年2月にアメリカ連合国(南部連合)を結成しています。

南北戦争勃発後の離脱とテネシー州

1861年4月のサムター要塞攻撃をきっかけに南北戦争が勃発すると、バージニア州(4月17日)、アーカンソー州(5月6日)、ノースカロライナ州(5月20日)といった上部南部の州も離脱へと踏み切りました。そして最後に、テネシー州が1861年6月8日の住民投票によって離脱を決定し、ここに11州すべての離脱が完了しました。

まとめ

南部諸州の連邦離脱は、1860年12月20日のサウスカロライナ州から1861年6月8日のテネシー州まで、およそ6か月半にわたる期間で段階的に行われました。最終的に11州が連邦を離脱してアメリカ連合国を形成し、アメリカ史上最大の内戦である南北戦争へと突入していったのです。