南アメリカの歴史

なぜリンカーン暗殺の夜、グラント夫妻はフォード劇場に行かなかったのか?

リンカーン暗殺の夜、グラント夫妻はどこにいたのか

1865年4月14日の夜、エイブラハム・リンカーン大統領はワシントンD.C.のフォード劇場で観劇中にジョン・ウィルクス・ブースによって撃たれました。この事件に関してよく持ち上がる疑問の一つが、「なぜユリシーズ・S・グラント将軍はその夜、リンカーンとともにフォード劇場へ行かなかったのか」という点です。

「行かなかった」のではなく「行く予定がなかった」

歴史資料を丁寧にたどると、グラント夫妻(ユリシーズ・S・グラント将軍と妻のジュリア)がその夜フォード劇場を訪れる計画を立てていた、という確かな証拠は存在しないことが分かります。

さらに注目すべきは、グラント夫妻がそもそもフォード劇場を訪れたという記録自体が確認されていないという点です。つまり、この夜に限らず、同劇場での観劇履歴そのものが見つかっていないのです。

グラント夫妻とリンカーンの関係

グラント夫妻は、リンカーンの演説の場など、その他の公的な機会には立ち会ったことが知られています。南北戦争を勝利に導いたグラント将軍とリンカーン大統領の関係は深く、二人の交流は数多く記録に残っています。

しかしその一方で、フォード劇場で上演された演目を観劇したという記録だけは、一切残されていません。

補足:招待を辞退したとする説

なお、一部の資料によれば、グラント夫妻はリンカーン夫妻からその晩の観劇に誘われていたものの、妻ジュリアがファーストレディのメアリー・トッド・リンカーンと折り合いが悪かったこと、また子どもたちに会うためニュージャージー州へ向かう予定があったことなどを理由に辞退した、と伝えられています。

いずれにせよ、グラント夫妻が暗殺の夜にフォード劇場にいる予定だったと断定できる確固たる証拠はない、というのが現在の歴史学における見方です。