「秘密の通路」は存在しなかった
アメリカ南部からカナダへ奴隷を運び出すための、特定の名前を持つ「秘密の通路」は、実際には存在しませんでした。多くの人が思い浮かべるような、一本の決まった抜け道や公式に組織された輸送システムはなかったのです。
カナダは自由への避難所
とはいえ、当時のカナダは逃亡奴隷にとって貴重な安全な避難場所(ヘイブン)でした。奴隷制度が廃止されていたカナダにたどり着ければ、自由な生活を手に入れることができました。
自力での北上と協力者たちの支え
逃亡した奴隷たちは、基本的に自らの力で北へ向かわなければなりませんでした。しかし、その過酷な旅の途中では、同情ある個人や奴隷制廃止論者(アボリショニスト)のグループが、隠れ家の提供、食料の補給、道案内などの形で助けてくれることが少なくありませんでした。
「地下鉄道」という言葉の意味
よく知られる「地下鉄道(Underground Railroad)」という呼び名がありますが、これは文字通りの鉄道や物理的な通路を指すものではありません。逃亡を支援する人々やルートの総称として使われた比喩的な表現であり、単一の組織化されたシステムではなく、個々の協力者がゆるやかにつながり合うネットワークによって成り立っていました。