空襲が始まると、人々はそれぞれの避難場所へと身を隠しました。防空壕(エアレイド・シェルター)の形態は実にさまざまで、丘の中腹に掘り込んだもの、地下鉄駅や家屋の地下室を利用したもの、さらに独立した構造物として新たに建設されたものなどがありました。
庭に設置する「アンダーソン・シェルター」
特に空襲の頻度が高い地域に住む人々に対しては、自宅の庭に「アンダーソン・シェルター」を設置することが強く推奨されました。このシェルターはおよそ6人を収容できる大きさで、波状のトタン板(コルゲートメタル)を組み合わせ、その上に土を被せることで、爆風や飛来する破片から身を守る仕組みになっていました。
庶民の生活に根付いた防空設備
第二次世界大戦中のイギリスでは、こうした簡易的なシェルターが一般家庭へ大量に配布され、空襲の脅威と隣り合わせの日々を生きる人々にとって、欠かせない避難場所となりました。地下鉄駅が防空壕として開放されるなど、都市部では公共施設も避難の場として活用され、戦時下の市民生活を支える重要な役割を果たしました。