南アメリカの歴史

マリー・アントワネットの子供たちは革命を生き延びたのか?四人の運命をたどる

マリー・アントワネットとルイ16世の間には、四人の子供が生まれました。しかし、激動のフランス革命を生き延びたのは、長女マリー・テレーズただ一人でした。この記事では、四人の子供たちがたどった悲劇的な運命を詳しく見ていきます。

王太子ルイ・シャール(ルイ17世)の悲劇

次男ルイ・シャールは、兄の死後に「王太子(ドーファン)」となりました。革命勃発後、彼は両親や姉とともにパリのタンプル塔に幽閉されました。1793年、父ルイ16世と母マリー・アントワネットは相次いで処刑されます。孤独と劣悪な監禁環境の中で心身を病んだルイ・シャールは、1795年6月、わずか10歳で獄中にて亡くなりました。正式な即位こそありませんでしたが、王党派からは「ルイ17世」と呼ばれています。

唯一の生存者・マリー・テレーズ

長女マリー・テレーズは、兄弟姉妹の中で唯一革命を生き延びた人物です。1795年12月に釈放されると、母の故郷であるオーストリアへと渡りました。その後、従兄にあたるルイ・アントワーヌ・ダングレーム公と結婚し、復古王政期のブルボン家の一員として人生を歩みます。1824年に義父シャルル10世が即位すると、夫は王太子となり、彼女も王太子妃の地位に就きました。1830年の七月革命では、夫が一時的に国王「ルイ19世」となりましたが、その在位はわずか20分ほどとされています。

幼くして亡くなった子供たち

長男ルイ・ジョゼフは1781年に生まれましたが、結核のため1789年、7歳で亡くなりました。彼の死によって、弟ルイ・シャールが新たな王太子となりました。さらに、末っ子のソフィー・エレナ・ベアトリスは1786年に生まれましたが、生後わずか11か月で夭折しています。つまり、革命が本格化する前に、マリー・アントワネットはすでに二人の子供を失っていたのです。

まとめ

マリー・アントワネットの四人の子供のうち、革命という激動の時代を乗り越えたのは、長女マリー・テレーズだけでした。彼女は72歳まで生き、ブルボン家の栄光と没落を見届けた歴史の証人として、その晩年を過ごしました。