ジャン=バティスト・ド・ラ・サール(Jean-Baptiste de La Salle)は、その生涯において一度もテキサスの地を訪れたことはありませんでした。彼は17世紀フランスの司祭であり、1680年にフランス国内で「キリスト教学校修道会」を創設した人物です。
貧しい子どもたちの教育に捧げた一生
ラ・サールは、貧しい家庭の子どもたちに無償で質の高い教育を届けることに人生を捧げました。教師たちが共同体として協力しながら教育に専念するという、当時としては画期的な仕組みを築き上げたことから、「近代教育の父」と広く称されています。
彼は1719年にこの世を去り、その後の1900年にはローマ・カトリック教会によって正式に聖人に列せられました。今日でも世界中のラ・サール系学校では、彼の教育理念が脈々と受け継がれています。
もう一人の「ラ・サール」――テキサスに降り立った探検家
「テキサスのラ・サール」という言葉には、実はもう一人の同名の人物が関係しています。それがフランス人探検家のルネ=ロベール・カヴァリエ・ド・ラ・サール(René-Robert Cavelier de La Salle)です。
彼は1684年、ミシシッピ川河口への入植を目指してフランスを出航しましたが、航路を誤り、1685年にテキサス沿岸のマタゴルダ湾へ到達。そこに植民地「サン・ルイ砦」を築きました。しかし厳しい環境や入植者同士の対立により計画は頓挫し、ラ・サール自身も1687年、部下の手によって命を落としたと伝えられています。
まとめ:どちらのラ・サールかを見分けよう
聖人となった教育家のラ・サールはテキサスとは無縁でしたが、同じ名を持つ探検家ラ・サールはテキサスの歴史に深く関わっています。「テキサスのラ・サール」という話題に触れる際は、どちらの人物を指しているのかを見分けることが、歴史を正しく理解するうえでの重要なポイントといえるでしょう。