チビントン虐殺は、1864年11月に起きました。発生場所は、当時のコロラド準州にあるサンドクリーク(Sand Creek)付近で、現在の行政区分ではキオワ郡(Kiowa County)にあたる地域です。
事件の概要
この事件は「サンドクリーク虐殺」としても広く知られており、指揮を執ったジョン・チビントン(John Chivington)大佐の名前にちなんで「チビントン虐殺」と呼ばれることもあります。
当時、シャイアン族とアラパホ族の集団は、米国当局との和平交渉の中で安全を保障されるとされていたサンドクリーク沿いの居留地に滞在していました。しかし、チビントン大佐率いるコロラド民兵隊は、武装していない先住民のキャンプに対して夜明けに奇襲攻撃を行い、多数の女性や子どもを含む住民が犠牲となりました。
歴史的な意義
この虐殺は、アメリカ西部開拓時代における先住民と白人入植者・軍隊との対立を象徴する悲劇的な出来事の一つとされています。事件は全米に大きな衝撃を与え、その残虐性から議会調査が行われるなど、後のインディアン政策にも影響を及ぼしました。