はじめに
17世紀から18世紀にかけて、北米大陸東海岸にはイギリスを中心としたヨーロッパ諸国による植民地が次々と建設されました。これらの植民地は、後にアメリカ合衆国を形成する「13植民地」へと発展していきます。本記事では、ニューイングランド植民地、中部植民地、南部植民地という3つの地域に分けて、それぞれの主要植民地の成り立ちと特徴を詳しく見ていきましょう。
ニューイングランド植民地
ニューイングランド地方は、宗教的自由を求めて新大陸に渡ったピューリタン(清教徒)たちによって開拓された地域です。厳格な宗教観に基づく社会が築かれ、町民集会や教育機関の設立など、後のアメリカ民主主義の基礎となる制度が生まれました。
マサチューセッツ湾植民地
1630年、宗教的自由を求めるピューリタン分離派によって設立されました。強い宗教的影響力を持ち、町民総会(タウンミーティング)の伝統やハーバード大学など初期の教育機関で知られています。
プリマス植民地
1620年、メイフラワー号に乗ったピルグリム・ファーザーズ(主にイギリス人分離派)によって建設されました。自治の原点とも言える「メイフラワー誓約」が結ばれたことで有名です。
中部植民地
中部植民地は、多様な民族と宗教が共存する寛容な社会として発展しました。肥沃な土地と商業の発展により、穀物を中心とした豊かな農業地帯として繁栄します。
ニューヨーク
もともとは17世紀初頭にオランダ人が建設した「ニューネーデルラント」でしたが、1664年にイギリスに占領されました。イギリス人、オランダ人、フランス人、アフリカ系住民などが暮らす、民族的に非常に多様な植民地となりました。
ペンシルベニア
1681年、クエーカー教徒のウィリアム・ペンによって、宗教の自由を求める人々の避難所として設立されました。進歩的で寛容な社会として知られ、計画的に建設された都市フィラデルフィアは、教育や学問の中心地として栄えました。
ニュージャージー
当初はニューネーデルラントの一部でしたが、後にイギリス国王から領主たちに与えられました。宗教的少数派や多様なヨーロッパ系移民にとっての避難先となりました。
南部植民地
南部植民地では、温暖な気候と広大な土地を生かしたプランテーション経済が発展しました。タバコ、米、藍などの換金作物の栽培が盛んになる一方で、奴隷労働に依存する社会構造が形成されていきました。
バージニア
1607年にジェームズタウンに建設された、北米で最初に成功したイギリス人入植地です。タバコを基盤とする経済が発展し、大規模プランテーションと、奴隷化されたアフリカ系アメリカ人を含む階層的な社会が形成されました。
メリーランド
1634年、イギリスのカトリック教徒の避難所として設立されました。当初は宗教的寛容を掲げていましたが、後にカトリック少数派との関係は複雑なものとなっていきました。
ノースカロライナ
1653年にバージニアからの分派として形成され、やがて独自の農業社会を築き上げました。タバコ栽培が盛んになり、奴隷化されたアフリカ人労働者が用いられるようになりました。
サウスカロライナ
1670年に領主植民地として設立され、米と藍の主要産地へと発展しました。その生産は奴隷化されたアフリカ人の労働力に大きく依存していました。
ジョージア
1732年に設立された、最初の13植民地の中で最も新しい植民地です。スペイン領フロリダに対する緩衝地帯としての役割に加え、負債者に再出発の場を提供することも目的とされていました。
まとめ
アメリカの植民地は、宗教的自由を求めたニューイングランド、民族的多様性が特徴の中部、プランテーション経済が発展した南部と、それぞれ異なる背景を持って発展しました。こうした地域ごとの違いは、後のアメリカ合衆国の政治・社会・経済のあり方に大きな影響を与えることになります。