真珠湾を攻撃したのはどちらの軍か?
1941年12月7日(日本時間では12月8日)、ハワイの真珠湾にあったアメリカ海軍基地を攻撃したのは、アメリカ軍の航空機ではありません。この奇襲攻撃を実行したのは、大日本帝国海軍の機動部隊です。
当時、日本海軍は南雲忠一中将率いる空母6隻からなる機動部隊をハワイへ派遣し、艦載機約350機を二波に分けて真珠湾を攻撃しました。この奇襲により、戦艦アリゾナ号をはじめとする多数の艦船が沈没または大破し、2,400人を超えるアメリカ兵が犠牲となりました。
よくある誤解について
「真珠湾攻撃に米軍機が攻撃側として参加した」といった記述を見かけることがありますが、これは誤りです。攻撃を行ったのは一貫して日本軍であり、アメリカ軍機は迎撃・防御の立場に置かれていました。
攻撃中に離陸した米軍機はいたのか?
完全な奇襲であったため、組織的な迎撃はほぼ不可能でしたが、ごく一部のアメリカ軍戦闘機は離陸に成功しています。ハレイワ飛行場などからP-40戦闘機など十数機が緊急発進し、ジョージ・ウェルチ中尉やケネス・テイラー中尉らは日本軍機数機の撃墜を記録しました。ただし、あくまで防御的な応戦であり、大多数の米軍機は地上で破壊されるか損傷を受けました。
その後の歴史への影響
この攻撃を受けて、それまで中立の立場を取っていたアメリカは翌日に対日宣戦布告を行い、第二次世界大戦へ本格的に参戦することになりました。真珠湾攻撃は、太平洋戦争の幕開けとなった歴史的転換点なのです。