答えは「アメリカ合衆国南部(サザン・ユナイテッド・ステーツ)」です。
アメリカ南部とはどんな地域?
アメリカ南部(American South、通称「ザ・サウス」)は、アメリカ合衆国の南東部に位置する地域であり、北東部、中西部、西部と並ぶ合衆国の4大地域の一つです。一般的には、南北戦争(1861年〜1865年)の際にアメリカ連合国(南部連合)に属していた州をもって定義されますが、定義によってはさらに多くの州や領域が含まれることもあります。
代表的な南部諸州としては、バージニア州、ノースカロライナ州、サウスカロライナ州、ジョージア州、アラバマ州、ミシシッピ州、ルイジアナ州、テキサス州などが挙げられます。
綿花と奴隷制度に支えられた南部経済
19世紀のアメリカ南部は、綿花生産と奴隷制度を基盤とした経済構造を持っていました。綿花は南部最大の換金作物(キャッシュクロップ)であり、広大なプランテーション(大農園)で大量に栽培されていました。
このプランテーションでの労働力として使われていたのが、奴隷とされたアフリカ系アメリカ人たちでした。1793年に綿繰り機(コットン・ジン)が発明されると綿花生産の効率は飛躍的に向上し、それに伴い奴隷の需要も急増しました。奴隷制度は南部経済にとって不可欠な存在となり、南部社会のあらゆる面に深く根ざしていました。
南北戦争への道
しかし、北部では工業化が進み、奴隷制度への批判が高まっていきました。奴隷制を巡る北部と南部の対立は深刻化し、ついに1861年、南部諸州が連邦から脱退してアメリカ連合国を結成したことで南北戦争が勃発しました。
この戦争は約50万人以上の犠牲を出す悲惨な内戦となりましたが、1865年の北部の勝利により奴隷制度は廃止されました。同年に成立した奴隷解放宣言の法制化(憲法修正第13条)によって、アメリカにおける奴隷制度は正式に終わりを迎えました。
まとめ
綿花生産と奴隷制度に基づいた経済を持っていた地域は、アメリカ合衆国南部です。南部の綿花プランテーション経済は奴隷労働に大きく依存しており、この体制が南北戦争の主要な原因の一つとなりました。この歴史は、今日のアメリカ社会の人種問題や地域格差を理解するうえでも重要な背景となっています。