南アメリカの歴史

リバティ号事件とは何だったのか?――第三次中東戦争で起きた米情報収集艦攻撃の真相

リバティ号事件は、1967年6月8日、第三次中東戦争(六日間戦争)の最中に発生した。イスラエル空軍の戦闘機が、シナイ半島沖の国際水域で偵察任務に従事していたアメリカ海軍の情報収集艦「USSリバティ」を攻撃したのである。この攻撃により多数のアメリカ人乗組員が死傷し、艦は深刻な損傷を受けて沈没寸前にまで追い込まれた。

疑いようのない事実

この攻撃には一切の挑発行為がなく、イスラエル側が米海軍の艦船を攻撃していることを認識していたことは、疑いようがないとされる。つまり、これは偶発的な誤射ではなく、明確な意思に基づく攻撃だったという見方である。

イスラエル側の当初の説明

攻撃の直後、イスラエルは謝罪を行い、その原因を通信の不備による誤認であると説明した。しかし、この説明は後に米政府によって覆されることになる。

米政府の結論

米政府は最終的に、この攻撃は意図的なものであり、イスラエルが同艦をソ連の艦船であると判断した末に実行したものだと結論づけた。さらに、米海軍の公式調査法廷もこの結論を確認しており、政府の見解を裏付けている。

米国の対応――懲罰ではなく支援

注目すべきは、その後の米国の対応である。公式の調査によって結論が確認されたにもかかわらず、米国はイスラエルに対して懲罰措置を講じなかった。むしろ、イスラエル側をなだめるために、多額の財政支援と外交上の保証を提供する道を選んだのである。

リバティ号事件は今日でもなお議論の対象となっている歴史的事件であり、同盟国同士の信頼関係や、国家的利益と正義のどちらを優先すべきかといった問題を考える上で、重要な事例として記憶されている。