はい、フアン・ポンセ・デ・レオンは、伝説の「若返りの泉」を求めて探検を行った人物として知られるようになる前に、実は重要な役職に就いていました。彼はプエルトリコ初代総督を務めていたのです。
プエルトリコ初代総督としてのポンセ・デ・レオン
ポンセ・デ・レオンはスペインの征服者(コンキスタドール)として、1493年のクリストファー・コロンブスの第二次航海に参加して新大陸へ渡りました。その後、イスパニョーラ島で軍人として頭角を現し、先住民の反乱鎮圧などで功績を挙げました。
1508年には隣接するサン・フアン・バウティスタ島(現在のプエルトリコ)の探検と植民地化を許可され、島の征服に成功。この功績が認められ、1509年にプエルトリコの初代総督に任命されました。総督として彼は金鉱の開発や入植地の経営を行い、スペイン帝国のカリブ海における支配を強化する役割を果たしました。
総督職を追われてから探検家へ
しかし、彼の総督としての地位は長く続きませんでした。ディエゴ・コロンブス(クリストファー・コロンブスの息子)との権力闘争の中で、1511年頃に総督の座を失うことになります。
こうした状況の中で、ポンセ・デ・レオンは新たな活躍の場をカリブ海北部に求めました。当時流布していた「若返りの泉」の伝説や、未発見の土地への富への期待を背景に、1513年には北へ向かう探検隊を率い、フロリダ半島をヨーロッパ人として初めて発見したとされています。
まとめ
つまりポンセ・デ・レオンは、「若返りの泉」を探す探検家として名を馳せる前には、軍人そしてプエルトリコの統治者という確固たるキャリアを持っていたのです。彼の探検家としての名声は、総督職という行政・軍事の経験の上に築かれたものだと言えるでしょう。