南アメリカの歴史

アメリカ中部植民地で聴かれた音楽とは?植民地時代の宗教音楽の役割を解説

アメリカ植民地時代、人々の生活に最も深く根付いていたのは宗教音楽でした。この傾向は南部植民地だけでなく、中部植民地や北部のニューイングランド地方の植民地にも共通して見られたものです。

植民地の音楽文化の中核を担った宗教音楽

実のところ、ヨーロッパからアメリカ大陸にもたらされた宗教的な音楽の伝統こそが、入植者たちが定住を始めてから最初の200年間において、植民地に存在したほぼ唯一の音楽形式でした。当時の音楽は娯楽としてではなく、礼拝や信仰生活と密接に結びついたものだったのです。

清教徒たちは詩篇歌(サーム)を中心に歌い、1640年に北米で初めて出版された書籍として知られる「ベイ詩篇歌集(Bay Psalm Book)」には、礼拝で歌うための詩篇が収められていました。このように、聖書の言葉に旋律を添えて歌う習慣が、植民地社会の音楽文化の土台となっていきました。

中部植民地に見られた多様な宗教音楽の伝統

中部植民地は、オランダ、ドイツ、スウェーデンなど、さまざまな国出身の入植者が暮らしていた地域でした。そのため、ニューヨークではオランダ改革派の聖歌、ペンシルベニアではドイツ系ルター派やモラヴィア派の讃美歌といったように、共同体ごとに異なる宗教音楽の伝統が育まれました。

特にペンシルベニアのモラヴィア派は、高度な合唱音楽や器楽音楽を残したことで知られており、植民地時代としては例外的に豊かな音楽活動を行った集団として音楽史に名を刻んでいます。

まとめ

中部植民地を含むアメリカの植民地で聴かれていた音楽の中心は、あくまで宗教音楽でした。南部・中部・北部のいずれの地域でも同様であり、ヨーロッパから渡ってきた信仰とともに伝わった聖歌や讃美歌の伝統が、入植後200年間にわたってアメリカ音楽の出発点となったのです。