南アメリカの歴史

ネイティブアメリカンはフランシスコ・ピサロを嫌っていたのか?その真相を解説

ネイティブアメリカンはフランシスコ・ピサロを嫌っていたのか?

結論から言えば、はい。ネイティブアメリカン、とりわけインカ帝国の人々にとって、フランシスコ・ピサロは恐怖と憎悪の象徴となる存在でした。彼は16世紀にペルーでの遠征を指揮し、インカ帝国の征服をもたらしたスペインの探検家にしてコンキスタドール(征服者)です。

ピサロの残虐な行為

ピサロとその部下たちは、先住民に対して極めて残酷かつ無慈悲な扱いを行いました。1532年には、インカ皇帝アタワルパを騙して捕らえ、身代金として大量の金銀を要求しました。ところが、約束どおり身代金が支払われた後も、ピサロはアタワルパを処刑してしまったのです。

さらに、スペイン人が持ち込んだ天然痘などの伝染病は、免疫を持たない先住民の間で猛威をふるい、想像を絶する数の人々が命を落としました。武力による虐殺、強制労働、そして文化や宗教の破壊など、先住民が受けた苦しみは計り知れません。

憎悪と恐怖の対象となった理由

こうした一連の出来事の結果、ネイティブアメリカンたちはピサロとその部下たちを激しく憎み、同時に深く恐れるようになりました。栄華を誇ったインカ帝国は崩壊し、生き残った人々はスペインの支配下で過酷な生活を強いられることとなりました。

今日においても、ラテンアメリカの歴史の中でピサロは抑圧と略奪の象徴として記憶されており、先住民の子孫たちの間では、彼に対する否定的な評価が今なお根強く残っています。