「植民地に民主主義はなかった」というのは、実は誤解です。北米のイギリス植民地では、早い段階から民主的な自治の伝統が根付いており、それが後のアメリカ合衆国の政治体制の基礎となりました。
メイフラワー誓約書――新大陸最初の民主的合意
その代表的な例が、1620年に署名されたメイフラワー誓約書(Mayflower Compact)です。メイフラワー号で新大陸に渡った男性乗客たちは、自らが定める法律や規則に従うことを互いに約束し、これに基づいて政府を樹立しました。
当時のヨーロッパでは、権力が少数の貴族や君主の手に集中するのが一般的でした。そのため、人々が自ら法律を作り、それに自ら従うというこの誓約は、当時としては非常に革新的な試みだったのです。
マサチューセッツ湾植民地と総会議会
民主的な制度を持っていたのはメイフラワーの移民たちだけではありません。例えばマサチューセッツ湾植民地では、「総会議会(General Court)」と呼ばれる代表制の議会が設けられていました。
この議会は、植民地内の財産を所有する成人男性によって選挙で選ばれた代表者で構成され、次のような強い権限を持っていました。
- 法律の制定
- 税の賦課
- 宣戦布告
住民の代表者が立法・課税・外交・軍事に関わる重要な決定を下すという仕組みは、近代的な代議制民主主義の原型と言えます。
植民地の民主主義が憲法に与えた影響
こうして植民地時代に育まれた民主主義の伝統は、後のアメリカ政治の発展に決定的な影響を与えました。各植民地で培われた自治の原則――統治される側の同意に基づく政治、代表者による議会運営、法の支配といった理念――は、やがてアメリカ合衆国憲法の中に結実することになります。
つまり、アメリカの民主主義は独立後に突如として生まれたものではなく、植民地時代から150年以上にわたって積み重ねられた自治の経験の上に築かれたものなのです。