南アメリカの歴史

なぜラテンアメリカの多くの人々はスペイン語やポルトガル語を話すのか?その答えは1494年の「ある条約」にあった

南米大陸を見渡すと、ブラジルだけがポルトガル語圏であり、その他の国々の大多数はスペイン語を公用語としています。この言語分布には、偶然ではなく、500年以上前の歴史的な出来事が深く関わっています。その鍵となるのが、1494年に締結されたトルデシリャス条約です。

トルデシリャス条約とは何か?

15世紀末、コロンブスによる新大陸の発見をきっかけに、当時の海洋大国であったスペインとポルトガルは、ヨーロッパ以外の新たに発見される土地の帰属をめぐって対立していました。この紛争を解決するため、両国は1494年6月7日にトルデシリャス条約を締結しました。

この条約では、カーボベルデ諸島の西370リーグ(約2,000キロメートル)の地点を通る南北に走る線が境界線として引かれました。この線より東側の土地はすべてポルトガルに、西側の土地はすべてスペインに属することと定められたのです。

境界線がもたらした言語の分断

この一見単純な取り決めが、ラテンアメリカの言語地図を永久的に決定づけました。

  • スペイン語圏: 境界線の西側に位置する広大な領土を獲得したスペイン帝国は、北米南部から中央アメリカ、そして南米の大部分にわたって植民地を築きました。その結果、メキシコ、ペルー、アルゼンチン、コロンビアなど、ラテンアメリカの大多数の国々でスペイン語が話されるようになりました。
  • ポルトガル語圏: 一方、境界線の東側に割り当てられたポルトガルは、南米大陸の東端部を植民地化し、これが現在のブラジルとなりました。ブラジルがラテンアメリカで唯一ポルトガル語を話す国であるのは、まさにこの条約によるものです。

興味深い歴史の皮肉

面白いことに、当時の測量技術では正確な経度を測定することが困難でした。そのため、南米大陸の東側に突き出た部分(現在のブラジル東部)が、実際には境界線の西側にあることが後になって判明しました。ポルトガルはこの地域を実効的に占領・開発し、結果として今日のブラジルの領土が形成されたのです。

まとめ

ラテンアメリカにおけるスペイン語とポルトガル語の分布は、単なる言語的な現象ではなく、1494年のトルデシリャス条約によって引かれた一本の線から生まれた歴史の産物です。スペイン帝国の圧倒的な規模により大陸の大部分がスペイン語圏となり、ポルトガルが獲得した東側の土地が今日のブラジルへと発展しました。こうして、大西洋を挟んだ二つの小さなヨーロッパ諸国の取り決めが、数億人の人々の言葉を決めることになったのです。