ヨーロッパの歴史

古代ローマの洗濯場「フッロニカ」―尿で洗う驚きのクリーニング事情

古代ローマの洗濯場「フッロニカ」とは

古代ローマの都市や植民市には、必ず一つ以上のフッロニカ(fullonica)と呼ばれる洗濯業の店がありました。これは現代のクリーニング店に相当する施設で、オスティア、バルキノ(現在のバルセロナ)、ヘルクラネウムなどからその遺構が発見されています。中でもポンペイのステファヌスの洗濯場は、極めて良好な状態で保存されていることで知られています。

フッロニカは家庭用リネンや衣類を洗濯する店でしたが、特筆すべきはその洗浄方法です。人工的な化学薬品が登場する以前、洗剤代わりに使われていたのは、なんと人間の尿だったのです。

洗剤代わりだった人間の尿

尿は、洗い場(サルトゥス・フッロニキ/saltus fullonici)における主要な原料でした。尿に含まれるアンモニアが、漂白剤としての石灰や灰と組み合わさることで、トゥニカ(短衣)、トガ、羊毛製のテーブルクロスなどの頑固な汚れを見事に落としたのです。

この尿の入手方法も実に興味深いものでした。遠隔地からアンフォラ(双耳壺)に詰めて輸入されたもの(ヒスパニア産が最高品質とされていました)、公衆トイレで集められたもの、さらには現代のショッピングモールの男性用トイレさながらに、フッロニカの壁面から直接採取することもありました。壁際には底に穴を開けた半割りのアンフォラが並べられ、通行人が柱廊を散歩しながら用を足せるようになっていたのです。ポンペイでは、こうした行為を促す文言が壁に刻まれているのが今なお読み取れます。

集められた尿はアンフォラの中で灰や石灰と混ぜられ、その後、槽(ふね)に注がれました。奴隷たちはワインの圧搾機さながらに、悪臭こそ放つものの洗浄力に優れたソーダと尿の乳濁液を衣類に染み込ませながら、足で踏み洗いをしていったのです。

古代ローマの洗濯場「フッロニカ」―尿で洗う驚きのクリーニング事情

サルトゥス・フッロニキ(saltus fullonici)

洗濯の工程

作業の手順は非常にシンプルでした。まず衣類を簡易検査し、必要なつぎ当てや補修を施した後、槽に放り込んで奴隷たちによる激しい足踏み洗いが始まります。汚れが落ちたら、次により大きな屋外の水槽であるラクナ・フッロニカ(lacuna fullonica)へ移されます。ここでインプルウィウム(impluvium、中庭の雨水溜め)に集められた雨水で丁寧に濯ぎ、脱水した後、日向に干し上げられました。さらに裕福な顧客には追加料金で、乾燥後にハーブや花の香りをまとわせるサービスも提供されていたようです。

ヴェスパシアヌス帝の「尿税」と有名な逸話

何につけても徴収しようとする行政の姿勢――これは今日の私たちにもどこか聞き覚えのある話ですが――ローマ皇帝ウェスパシアヌスは、市民の無償の寄付によってフッロニカに集められた尿に対して課税する勅令を発しました。

歴史家スエトニウスによれば、皇帝の息子ティトゥスはこの税について父を諫めたといいます。するとウェスパシアヌスは財布から金貨(アウレウス)を一枚取り出し、息子の手に置いて尋ねました。「この匂いは気になるか?」ティトゥスが否定すると、父はこう答えたのです。「だが、これは尿から生まれた金だぞ」と。

PECVNIA NON OLET…(金銭に匂いはない)