ヨーロッパの歴史

中世ヨーロッパの「神判」とは?決闘・焼き鉄・水で罪を裁いた神の試練

神判(しんぱん)――神に委ねられた審判

「神判」(オーディール)あるいは「神の審判」と呼ばれたのは、とりわけ中世ヨーロッパにおいて、容疑者が自らの潔白を証明するために乗り越えねばならなかった過酷な試練のことである。当時の人々は、神は必ず無実の者を守り、有罪の者を見捨てると固く信じていた。

しかし、運命や神意、あるいは幸運の女神フォルトゥナが味方してくれなければ、これらの試練を突破するのは極めて困難だった。つまり神判とは、科学的な根拠ではなく「奇跡」にすべてを託す、まさに命懸けの審判だったのである。

主な神判の種類

神判にはいくつかの形式があり、代表的なものとして「決闘」「焼き鉄」「パンとチーズ」「水」の4つの試練が知られている。

1. 決闘(試合裁判)

当事者双方がそれぞれ代理人(チャンピオン)を選び、力ずくで自らの正当性を勝ち抜かせるというものである。ゲルマン民族の間では、争いが土地や金銭に関わる場合にこの戦いが認められていた。勝った側の主張こそが「神が認めた真実」とみなされた。

2. 焼き鉄の試練

被告は真っ赤に焼けた鉄を一定時間、素手で握らなければならなかった。手に火傷の跡が残れば有罪、奇跡的に無傷であれば無罪と判断された。この変形として、沸騰した湯(または油)の鍋の底から重い物を取り出し、火傷の痕跡がないことを示すという試練も行われた。

3. パンとチーズの試練

容疑者は一定量のパンとチーズを食べなければならなかった。有罪であれば、神が天使を遣わして喉を締め付け、飲み込めなくすると信じられていたのである。「呪われた食物を飲み下せない」という発想は、古くから世界各地に見られる呪術的な考え方にも通じるものである。

4. 水の試練

被告は手足が動かないよう縛られ、川や海へ投げ込まれた。浮かべば有罪、沈めば無罪とみなされた。水は常に潔白な者をその懐に迎え入れ、罪ある者を拒むと考えられていたためである。

ただしこの神判には重大な欠点があった。無実の者がそのまま溺死してしまう恐れがあるのだ。実際には沈んだ者はすぐに引き上げられたといわれるが、それでも危険は伴い、後の時代には魔女狩りの場で「泳げば魔女、沈めば無実」という逆説的な形で悪名高く再登場することになる。

神判の終焉

1215年の第4ラテラン公会議は、聖職者が関与する神判を禁止した。これにより神判は次第に廃れ、代わりに尋問や証拠に基づく近代的な裁判制度が発展していった。理不尽きわまりない試練ではあったが、証拠法が未発達だった当時の社会においては、「神のみぞ知る」という最後の手段だったのかもしれない。