ヨーロッパの歴史

数学者は“言葉の人”ではない?――数字だけで伝えた出産報告の逸話

当たり前のようですが、あえて説明しましょう

ヨハン・ペーター・グスタフ・ルジューヌ・ディリクレ(Johann Peter Gustav Lejeune Dirichlet)は、19世紀ドイツを代表する数学者の一人です。著書を執筆したこともありましたが(黒板を前にする機会はあったかもしれません)、彼にとって本領はあくまで数でした。

その「文字嫌い」ぶりは徹底していて、手紙や電報といった文章はできる限り避けたといいます。そんな彼が、義父のもとへ「孫が生まれた」という重大な報告をしなければならなくなったとき、送ったのは次のたった一枚のメモだけだったそうです。

2 + 1 = 3

ここで気になるのが、「果たして義父は、この短い式だけで無事にニュースを理解できたのだろうか?」という点です。おそらく大丈夫だったのでしょう。夫婦ふたりの「2」に、生まれたばかりの新しい家族が「1」加わって「3」――喜びと情熱があふれ出た、実にディリクレらしい報告ですね。

ディリクレとはどんな人物?

ディリクレ(1805年〜1859年)は、数論や解析学の分野で大きな足跡を残した数学者です。素数に関する「ディリクレの定理」などで名高く、晩年にはカール・フリードリヒ・ガウスの後任としてゲッティンゲン大学に招かれました。日常の出来事さえも数字で表現したかった――そんな人柄がよく伝わるエピソードといえるでしょう。

出典:クラウディ・アルシーナ『ヒポテヌス倶楽部』(The Hypotenuse Club – Claudi Alsina)

数学者は“言葉の人”ではない?――数字だけで伝えた出産報告の逸話