ヨーロッパの歴史

男女の本を同じ棚に置くな!? ビクトリア朝の礼儀作法書が映す「極端主義」の愚かさ

はじめに:この記事が伝えたいこと

はじめにお断りしておきますが、この記事は、生活のあらゆる分野――思想、宗教、政治、スポーツなど――における極端主義や原理主義が、人間を愚かにし、群れに従うだけの羊同然に変えてしまうこと。さらには、暴力的な振る舞いへと駆り立ててしまうことさえある、ということを示す一つの実例としてご紹介するものです。

ビクトリア朝時代:栄光と厳格さが共存した時代

舞台は19世紀のイギリス。ヴィクトリア女王(在位1837〜1901年)の治世は、産業革命の進展とそれに伴う植民地帝国の拡大によって特徴づけられます。社会・経済・技術のあらゆる面で大きな変化が起こり、イギリスは当時世界最大の強国としての地位を確固たるものにしていきました。

ところが、こうした目覚ましい近代化を背景に持ちながらも、ビクトリア朝の社会を実質的に支配していたのは、旧来のピューリタン(清教徒)的な価値観でした。慎ましく秩序ある生活、徹底した倹約、宗教的敬虔さ、そして政治的な保守主義。それこそが、当時の人々に求められる規範だったのです。

『レディ・ガフの礼儀作法書』という「聖典」

そうしたピューリタン精神を体現する書物として、当時の上流階級の家庭で重宝されたのが『レディ・ガフの礼儀作法書(Lady Gough's Book of Etiquette)』でした。いわば「完璧なピューリタン」になるための実践マニュアルのような一冊です。

そしてこの本には、数ある細かな作法の中でも、現代の私たちには信じがたい指導が記されていました。礼節と品位を保つために、

男性の書いた本と女性の書いた本を、同じ本棚に混ぜて並べてはならない。両者は必ず別々の書庫に収めること。

――本にまで「性別」を区別させなければならなかった時代が、確かに存在したのです。

唯一の例外は「夫婦」

さらに驚くべきことに、この厳格なルールにはただ一つだけ抜け道がありました。

著者が結婚している夫婦である場合に限り、二人の本だけは同じ棚に並べることが許される。

ここまで来ると、もはや滑稽さを通り越して感心すら覚えますが、当時の社会では真剣に守られていた「礼儀作法」だったのです。

では、ペンネームで書いた女性作家の本は?

ここで、ひとつの素朴な疑問が浮かび上がります。

男性名のペンネームを使って執筆した女性作家の本は、一体どちらの棚に置けばいいのだろう?

実際に、そんな作家は存在しました。19世紀スペインを代表する小説家の一人、セシリア・ベル・デ・ファベール・イ・ラレア(Cecilia Böhl de Faber y Larrea)は、「フェルナン・カバリェロ(Fernán Caballero)」という男性風のペンネームで作品を発表し、高い評価を得ています。

彼女の著作は「男性の書いた本」として扱われるべきなのでしょうか。それとも作者の本来の性別に従って「女性の棚」へ? ルールを突き詰めていくほど、その矛盾と不条理が露呈していきます。

おわりに

150年以上前の礼儀作法の逸話は、一見すると単なる笑い話に思えるかもしれません。しかし、何らかの規範や信念を「絶対的な正義」とみなし、他を排除しようとした瞬間、人はどれほど不合理で非条理な結論にたどり着いてしまうのか――その危うさを鮮やかに映し出しています。これは、現代を生きる私たち自身にとっても、決して他人事ではない話なのです。