フランコ体制への抵抗の歴史において、いわゆる「ミュンヘンの陰謀」と呼ばれる出来事は重要な転換点となりました。その正体は、1962年6月に西ドイツのミュンヘンで開催された、反フランコを掲げるスペイン人による親欧州国際会議です。
国内と国外の野党勢力が初めて結集
この会議の最大の意義は、スペイン国内の民主化勢力(内部反対派)と、亡命先から活動する反対派(外部反対派)が初めて一堂に会したことにあります。さらに、王党派、自由主義者、社会民主主義者、キリスト教民主主義者など、あらゆるイデオロギー的潮流の代表者が集まり、思想の違いを超えた連帯を示しました。ただし、共産党は正式メンバーではなく、オブザーバーとして参加しています。

フランコ体制への大きな打撃
この会議は、フランコ政権にとって重い打撃となりました。その理由は大きく二つあります。第一に、民主主義と自由を求める野党各勢力が「統一された姿」を内外に印象づけたこと。第二に、欧州の民主主義各国政府がこの会議を公式に支持したことです。
フランコ政権はこの集会を「陰謀(コントゥベルニオ)」と断定し、激しいプロパガンダと弾圧を展開しました。帰国した参加者の多くが逮捕や国外追放などの処分を受けましたが、かえって国内外の反体制勢力の連帯を強め、政権の国際的な孤立を深める結果となりました。
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このテーマについては、スペインの主要紙エル・パイス(EL PAÍS)が、ミゲル・A・ビジェナ氏による優れた解説記事を掲載しています。詳細に関心のある方は、ぜひ同紙の記事をご参照ください。